ユズリベキモノ
『ゆずり葉』 河井酔茗 作
子供たちよ。
これはゆずり葉の木です。
このゆずり葉は
新しい葉が出来ると
入り代わって古い葉が落ちてしまうのです。こんなに厚い葉
こんなに大きい葉でも
新しい葉が出来ると無造作に落ちる
新しい葉にいのちをゆずってー子供たちよ
お前たちは何をほしがらないでも
すべてのものがお前たちにゆずられるのです
太陽のめぐるかぎり
ゆずられるものは絶えません。かがやける大都会も
そっくりお前たちがゆずり受けるのです。
読みきれないほどの書物も
幸福なる子供たちよ
お前たちの手はまだ小さいけれどー。世のお父さん,お母さんたちは
何一つ持ってゆかない。
みんなお前たちにゆずってゆくために
いのちあるもの,よいもの,美しいものを,
一生懸命に造っています。今,お前たちは気が付かないけれど
ひとりでにいのちは延びる。
鳥のようにうたい,花のように笑っている間に
気が付いてきます。そしたら子供たちよ。
もう一度ゆずり葉の木の下に立って
ゆずり葉を見るときが来るでしょう。
ボクタチ大人は子供たちに何を譲れたというのだろう。
どんなものを譲ろうとしているのだろう。
自分たちの享楽のためにだけあらゆるものを消費尽くし、
そしてそのことが価値があるともてはやされ、
挙句の果てに手を付けてはならないものにまで手を出し、
災いが降りかかる。
にも関わらず、まだ厚顔無恥ぶりを晒し続けるのだろうか。
「ゆずり葉」を読むと心が締め付けられる。
「いのちあるもの」を一生懸命に作ってきたんだろうか。
「うつくしい」ものは壊されていき
「ひとりでにいのち」は縮んでいるようにしか思えない。
嫌がっても全てのもが押し付けられる「おしつけ葉」だ…。
台風前夜
立て髪が鼻をくすぐる七夕の半径三億光年の夜
君の背の匂いをさらう夜の風二の腕がこんなにも冷たい
あかときの微熱の我を撫でる風サンダル擦れの傷跡痒し
外し忘れたハンガーのように
3日の日に家族で散歩した風景が
外し忘れたハンガーのように
僕の中にある
僕たちが暮らし始めた風呂もない2Kの団地が
外観は変わらないままそこにあった
赤ん坊の長女はあの部屋に居たのだ
僕らの愛に包まれすぎて
いつまでたっても腰がすわらなかった
そんな長女も今は一人暮らしの生活に追われ
安物のつけまつげを張り付けて会社に出かける
伝えたかったのはなんだったんだろう
伝えなければならなかったことは…
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「夏が行くそして」
肩で息をしながらも
まだこんな処を彷徨っている
何処かで見ているあの人が
小さなダブリュ記す
微熱と動悸だけが
いつも僕に言い訳を探させる
気がつけば揉み消された吸殻と
苦味だけが残った口の中
胸の鼓動とくりとひとつ夏がゆく
何も終わっていないのに
何も始まっていないのに
“作り直しのきかない過去なんて
どこにもないんだよ”
まばらな白髪頭、伸びない膝
そんな夢から覚めた休暇の朝
タイマーが切れた扇風機に
八月の光が射していたんだ
cq cq i’m wind
いくつもの椅子たちが壊れ
風が吹き雲が流れ涙も流れ
そして言葉が残った
“自分たちにしか通じない言葉を
もつのが恋人同士である”
2007.8.19
僕の空論
「僕の空論」 門哉彗遥
幼い頃よく空を見上げていたのは、
雲の隙間からこちらを見ている人を探すためだった。
人影を見つけては
こちらに落ちてこないかとハラハラしていた。
少年の頃は雲を突き抜けて飛んでいくことばかり考えていた。
大きな口を開けながら飛んで行くのだ。
雲は甘いのか苦いのか。
青年の頃、空を見上げては雲を消し去ろうとよくしていた。
両手を出来るだけ薄い雲にかざし、
その雲を睨めつけながら念を送るのだ。
やがて消えていく運命の雲だなんてことは、
わかってはいたけれど。
大人になって
空を見ることを忘れていた時代も確かにあった。
それはそれでその時を生きるのが精一杯だったのだから仕方ないし、
よくもわるくもないだろうと思いたい。
空はいつだってそこにあったのだし、今もその下にいる。
これからも空を見続けることだろう。
空が頭の中へ流れ込み、脳が雲となるまで見続けたい。
風は耳鳴りとなり、雨は涙となり、雷は怒りとなり、頭は空へ広がり、
空はさらに広がり雲はながれ風がふき命をはこび命あふれ、
あふれよいのち。
あふれよいのち。
あふれよいのち。
朝まだき
朝まだき
明けゆく白空に
ゆっくりと息を吐く
何かをどうかしたいわけじゃなく
どうもしなくていいよと、
つぶやいてみる
満ちるものがあるとき
その波頭に立ち上がり
雲に手をのばしてみる
沈むときには
捨てられた子どものように
体をまるめて海底を漂う
愛しくて仕方ないときは
強く抱きしめて
こぼれる香りに埋もれる
悲しいときは
原生林に吹く風のような
誰かの歌声に身を委ねる
ただ、昨日は過ぎ
また今日が始まる
見え始めた太陽は加速をつけ
そして、カンバスの下地は乾かないまま
静寂の森
静寂の森
何を祈って
誰を守る
何処に落としてきた
何時のことだ
綻びを繕うこともなく
火を放つこともなく
水に流すこともなく
満つることもなく
果てることだけを
密かに願い
静寂の森へ
遠ざかる
遠ざける
何処よりも遠く
誰からも遠く
未明
未明
蛇口の一滴が
ステンレスを叩く
絡み合った神経の一筋が
光を放ち
背中をぴくりと震わせる
夜に撥ねられた猫は
わずかな息で
自ら溝に転がりこむ
雨の匂いがしない
それは救いでもなく
手探りで腕時計をはめ
煙草に火を灯す
脳細胞の隙間に染み込む煙が
数時間前のアルコールの
機嫌を確かめる
夜に塗り込められなかった烏は
水曜日のゴミを空に運び続ける
黄色いランドセルのあの子は
電線に絡んだナプキンを
見上げることだろう
紐のない運動靴に足を滑らせ
鍵もかけず部屋を出た僕は
泥だらけのカブに跨り
キックで今日を占う
アイドリングで黙り込んでしまった
蛙よ、もう寝ていいから
あの闇が空と山に分かれる頃
配達を終えた僕の今日が始まるのだ
デスペラード口ずさみながら
ローに踏み込む
そう、僕の未明