殯(もがり)の森

森の木々を揺らす風、大地に染み渡る水、土からむせ返る空気を感じた。それらが僕の体の中に沁みこんで、そして通り抜けていった。

「こうしやなあかんことは、なんもない。」

だからこう解釈しなければならないことなんてこの映画には何もない。ただ映画に身を預けるだけでいい。いつのまにかこちらの世界と映画の世界の垣根が消えてしまうのだ。そう、寝てしまってもいい。

この映画を観てしまうと、他の映画は調味料や香辛料をふんだんにかけられて味付けされたものだと思ってしまう。なんて自然なんだろう。台詞が小さくて聞こえなくても、台詞が他の音とかぶって聞こえなくても、それはそれで僕にとっては新鮮だった。決して編集や演出のミスではなくて、そんなことまでも計算と言うか河瀬監督の感性を感じさせる。

「僕は生きてますか?」としげるが問うと、「生きるには二つの意味があります。一つはご飯を食べて生きていると言うことと、もう一つは生きている実感を味わうことです。」と住職が答えた。

理屈は嫌いだ。僕が通っている絵の教室でも理屈で描いている奴がいる。「***の世界を描きたくてこの部分は***を、ここは***が***しようとしていることを表現したいんですが、先生。」などとぶつぶつ言っている。

この映画は理屈ではなく「実感」する映画だ。感性を研ぎ澄ませることができるものにしか感じ得ない映画だろう。ネットで色んな方のレビューを見る限り酷評が多く、残念だ。しかし好き嫌い、感性の違いはどうしようもないが。

最高の人生の見つけ方

考えさせられる映画かと思いきやそう言うことでもなく、ありえない設定であるので自分に置き換えて見ることもできず、たいした葛藤もなくいかにもアメリカンドリーム的な軽い映画であると思うから、カタルシスを求めて少し期待して行った僕には物足らない映画であったのではあるが、会場ではあちらこちらですすり泣きが聞こえた時、一緒にすすり泣いてしまった僕は、なんて軽薄な奴なんだろうと恥ずかしかったが、でもやっぱり物足らないものは物足らないと思うので、これを読んでから映画を観る人は期待せずに見ることができるから、そんなあなたはラッキーだ(笑)