心に刺青を

本を読んでいて気になる箇所があると、僕は付箋をつける。後から探しやすくするためだ。先ほど読み終わった本は、付箋だらけになった。ほとんどのページに付箋をつけてしまったのだ。それは「私とマリオ・ジャコメッリ <生>と<死>のあわいを見つめて 辺見庸」と言う本だ。

ジャコメッリのモノクロームな作品と辺見庸の言葉が相乗効果を生み出し、この本の中に意識が埋没してしまうのだ。まさに「眠っていた記憶の繊毛たちがいっせいにざわざわと動きだし、見る者はいつしか、語ろうとして語りえない夢幻の世界への回廊を夢遊病者のようにあるいている(P10)」そんなジャコメッリの世界と、鋭利な刃物でのど元を撫でられるような辺見庸の言葉に、仙骨から脳髄へ突き抜けるような快感が走る。

ジャコメッリに対する辺見庸のなりの解(ほど)きかたがカッコ良すぎるのである。
「記憶の原色は色を超えたモノクロームである。」
「モノクロームは想像への入口であり、それに着色するのはわれわれの内的な作業である。」
「かれは頑固なまでにモノクロームにこだわり、白と黒の世界に「時間と死」を閉じこめつづけ、そうすることで「時間と死」を想像し思弁する自由をたもちつづけた。」
「かれは私に現世とのうじゃけた馴れあいを断つようにもとめる。黙(もだ)せと無言で命じるのだ。」

紹介したいのはいろいろあるのだが、次の文章が好きだ。ある作家がシャッター音を、死んだ小鳥が水に落ちたような音と表現していることに対して、「ジャコッメリの映像を眼にするときはいつもそうした音が耳の底にわく。水とはひとのいない山奥の湖かもしれない。そこに息たえた小鳥が空から垂直に落下し、湖面を打つかすかな音がして、同時に、一閃の記憶が水面に結像する。ジャコメッリの映像はそうやって生まれてくる、と私は根拠もなく信じている。」と書いている。

年末の気忙しい時期なのに、この本をひとたび読み始めると、少しだけ異世界に迷い込むような錯覚がするほどそんな不思議な本だった。

そうそう、辺見庸の詩も数篇掲載されていて、思わず朗読をして録音してしまった。でも、聞いてみると気持ち悪かったので消してしまった(笑)

焼肉ドラゴン

たまたまBSを見ていたら、始まった。

時代設定は万博の頃で、舞台は大阪の下町のコリアンタウン。架空の町だ。共同水道が一本あって、下水道もないという設定らしい。戦後、空き地に不法占拠して建てられたトタン屋根のバラックがずらりと並んでいる。空港の近くにあるらしく、飛行機が離陸するたびに、トタン屋根ががたがた響く。舞台の左側は倉庫のようなバラックがあり、その前に裸の水道が一本立っていて、周りには錆びた一斗缶とアルミの洗濯ばさみで挟まれた洗濯物が干されている。倉庫の向こう側には、廃材やら自転車の車輪やら錆びた鉄材が無造作に積み上げられている。舞台の右側は「焼肉ドラゴン」。古ぼけた大きな看板が店の上に掲げられている。店の中には三人しか座れないカウンターと、四人も囲んだら狭いようなテーブルが一つ。奥は座敷になっていて、卓袱台が二つ。舞台右側には韓国の人形などが並んでいて、その上には汚れた換気扇が絶えず回っている。奥は、磨りガラスの障子があり、そこをあければ小さな箪笥が見える。障子の前には、一年中扇風機が置かれている。店全体は焼肉の煙の所為か、くすんだ色になっている。そして右手の倉庫と焼肉ドラゴンとの間は路地になっていて、段差のあるゆるい昇りの坂道になっている。

もうそれだけで、僕は惹きつけられた。そして、倉庫の屋根の上に登ったその店の一人息子の台詞からこの芝居は始まる。「僕は、この町が嫌いです。」

焼肉ドラゴンの主人は戦争で片腕を失っている。腕だけではなく、済州島で故郷も家族もなくし、日本から帰ることもできずにいたところ、妻に出会い、お互い再婚したという設定だ。そしてこの物語でも、大事なものを失くしてしまうのだ。喪失だらけの人生ではないか。「働いて、働いて・・・」という彼の台詞。家族の為に働き続けてきただけの人生。しかし、その家族も店も・・・。

桜吹雪がトタン屋根に積もるのを見て、「こんな日は明日が信じられる。」と、リヤカーにわずかばかりの荷物と太った妻を積んで坂を登っていく場面で幕は閉じられる。

TVの画面を通して見るだけでも、胸に迫るものがあり、涙が止まらなかった。これを生で見たらいったいどれだけの感動に襲われるのだろうと思う。ああ、生で感じたい。

ダグラス・ラミスさんが語る基地のこと普天間の移設と沖縄の負担

2009年12月22日(火)19:00~ 大正区平尾 沖縄会館にて

【はじめに】

2000年の夏から沖縄に住んでいて九年になります。1960年61年海兵隊として基地の中の生活をしたことがあります。初めに言いたいことは、沖縄の方々の代表、代理になるような資格がないことは、ちゃんとわかっています。ここに集まった方々の中にも私よりもずっと沖縄のことがわかっている人は多いと思います。政治学を学んだことから、教えることがあるとも思いません。私の国籍は今でもアメリカ合衆国で、そのパスポートを持っています。だから、何かの特別な知識があるとかそういうことではなくて、ただ立場がみななさんと少し違うかもしれないから、別の角度から見ると何か違うことが見えてくる可能性はあるんじゃないかと思います。その立場という資格だけで話したいと思います。

【要石という比喩】

復帰前の1960年61年、瑞慶覧基地で暮らしていた時、沖縄の車のナンバープレートには「Keystone of the Pacific(太平洋の要石)」と書かれていました。その要石という言葉が今でもメタファー(比喩)として使われています。国際通りにはキーストンというお土産屋さんもあります。沖縄のみなさんは、その「沖縄は要石だ。」という比喩とずっと一緒に暮らしてきています。

建築家の友人に聞いてみると、キーストンとはアーチの中の真ん中の石だそうです。アーチという建築法はヨーロッパではよくありますが日本ではあまり見かけないので、キーストンという比喩は、日本人にとってはイメージしにくいものであると思います。

【沖縄は軍事的な要石であるか?】

どういう比喩であるかと言いますと、ひとつは、ナンバープレートについていた比喩は米軍が考えた比喩であると思いますが、それは「軍事的な要石」という意味であると思います。その神話が今まで伝わってきていると思います。軍事的に沖縄を持っていなければ米軍の防衛線は全部崩れるという意味だと思いますが、地図を見るとそれは成り立たないということがよくわかると思います。米軍が仮想敵国として考えているのは中国と北朝鮮ですよね。北京と平壌に一番近いのは、距離で考えれば日本列島の中では九州です。

私が海兵隊にいる時に役立つようなことを学んだことはほとんどないですが、戦略論などは少し勉強しました。戦略論としては入門段階の話なんですが、あらゆる勢力をひとつの場所に集中することは、とんでもないことです。それは敵が一発で全部壊滅させることができるからです。だから戦略的に、あんなにたくさんの基地を小さい沖縄に置くということはとんでもない話なんです。距離的にみても、戦略的に考えてみても、なんの要石になっていない。

先週の木曜日、たまたま辺野古に行き、ちょっと座り込みに参加してきました。そこへ右翼の二人が来まして、安次富さんと激しい議論になったわけです。彼らは「海兵隊は沖縄にいないと北朝鮮から日本を守れない。」と言いました。もしフィリピンからの侵略を恐れているのであれば沖縄は関係あるかもしれないけれど、中国と北朝鮮と考えれば、それはナンセンスです。

【沖縄は政治的な要石である~要石は奇跡の石】

でも、別の意味で沖縄は要石ではないかと思います。「政治的な要石」だと思います。私なりの説明をしたいと思います。建築としての要石の役割は、アーチという構造の建築の中で、落ちないように機能する石なんです。アーチはどういう建築かというと、こちら側に石を積んで、こちら側ににも石を積んで、そして両側が曲がっています。右側は左へ落ちたい、左側は右へ落ちたい、放っておけば全部崩れます。そういう力学ですよね。そして要石を入れると固定する。この二つの矛盾している崩れそうな勢い、アーチを落とすような壊すような崩すような力を、このアーチを見事に固定するような力に逆転させる奇跡みたいなものが要石です。

【矛盾したおばさんの例】

では、政治的にどういうことでしょう。どのような矛盾している力をこの固定する力に切り替えるのでしょうか。それがわかるために具体的な話をします。何年か前に東京で何かのシンポジウムに参加しました。シンポジウム後、珈琲を飲みながら交流会がありました。その時に二人のおばさんが私のところに来て言いました。「ラミスさん。日本国憲法第九条を世界遺産にする話がありますよね。それは素晴らしいと思いませんか? 憲法九条は世界遺産になる可能性はあると思いますか?」と私に聞きました。

私はちょっと意地悪な奴だから、冷たく答えました。「日米安保条約がある限り、米軍基地が日本にある限り、日本が核の傘の中に入っている限り、無理じゃないですか?そういうふうに軍事力で守ってもらっているつもりで、そういう条約があって、それをみんなが支持している限り、世界から日本は素晴らしい平和な国だと誉めてもらうことは無理じゃないですか?」と言いました。意地悪いでしょ。

彼女たちが目を丸くしてびっくりしてこう言いました。「え?日米安保条約を失くすんですか?だったら軍事力がないと無防備になるんじゃないですか。他の国には軍事力あるのに、それは危ないじゃないですか。」彼女たちが先に言った言葉も、後から言った言葉もよくある話でよくわかります。問題はその二つの話が一つの頭の中でどうやって共存するのか、という事ですよね。人間は考えたくないことは考えないようにする術をたくさん持っています。

【矛盾の解決方法】

この場合の大きな答えのひとつは沖縄だと思います。沖縄はそのアーチの要石として働いているのではないかと思います。一つは日米安保条約は欲しい、近くに米軍基地が欲しい、けれども憲法九条があるその国に住みたい。その解決として、日米安保条約から生まれる基地のなるべく多くを、遠いところの沖縄に置く。そして基地の問題は、安保の問題ではなくて沖縄問題として考える。そうすると「私は平和主義者であって平和な国に住んでいます。でも日米安保条約はそれについてはあまり触れないけれども、反対もしないし、あったほうがやっぱり安心です。」と、両方は共存できるわけです。

【基地問題は沖縄問題?】

沖縄は地理的に遠い。そして地理的なことだけではなくて、日本の常識の中の不思議な立場も、この場合役に立つわけです。つまり、このアーチ、矛盾した二つの、一緒に共存できないはずの、崩れるはずの、矛盾した意見を崩れないで固定する、その役割です。便利なのは、日本の意識の中の沖縄という存在の不思議なかたちです。つまり沖縄は場合によって日本で、場合によって日本でないということだと思います。沖縄は観光地として人気があります。パスポートは要らない。日本語が通じる。日本であるけれども外国。外国であるけれども日本。だから「基地から守ってもらいたい」という意識からすると、「沖縄にある基地は日本にある、だから安心。」でも「日本は平和主義の第九条の国として考えたい」意識からすると、「沖縄はやっぱり海外。その基地は日本にあるのではなく沖縄にある。基地問題は沖縄問題。」

【基地を見に行こう】

「沖縄に旅行して基地を見ましょう。」といった観光旅行や修学旅行がたくさんありますよね。やろうと思えば岩国に行けば基地が見えるし、横須賀とか横田とか佐世保とか、いくらでも基地があります。「安保が見える丘」というのは嘉手納基地の側にありますが、横須賀にも「安保が見える丘」がありますが、修学旅行は行かないですよね。交通費も安くですみます。日帰りでも行けるのに何故行かないのか。横田基地の側に三階建てのレストランがあって、反基地主義の遠藤洋一さんがよく人を連れてやってくるところなんですが、そこは嘉手納基地の安保が見える丘よりも、よく基地の中が見えるかもしれません。でも、みんなはあまり行きません。沖縄に行って、初めて満足する。沖縄の観光雑誌にも基地があるということが沖縄の面白い味として出てるし。とにかく要石の役割ですよね。

【矛盾した世論】

東京で、露骨にあの矛盾を話してくださったおばさんたち。つまり日本は平和主義の国として世界から誉めてもらう資格があると言いながら米軍基地が近くにあって欲しいというその矛盾。露骨に言って下さって、いつもこういう講演に使っていますけど、そんなに珍しくないです。それは日本の主流の世論です。世論調査をすると大体の人が現状維持。つまり安保があったほうがいいし、九条があったほうがいい。そして近くに基地を置いて欲しくない。それは矛盾ですよね。どっちか決めないと論理は通らないけれども、両方の意見が欲しいから、その曖昧さのまま何十年間きています。かなり固定化されたアーチができてしまっています。基地は動かない。沖縄の人たちは基地反対運動をする。

【県外移設は矛盾を曝け出す】

一番アーチを守りたい人が、もっとも聞きたくない言葉は「県外移設」です。何故かと言うと、県外移設は、要石を抜く力があるのです。その矛盾が露骨に見える。その曖昧さがはっきり見えてきて、どちらかに決めなければならなくなるわけなんですよね。基地が近くに来るかもしれないことを自分が許してしまうと、平和主義者としての自己意識を持ちにくくなります。でも、基地が近くに来るのを反対しようとすれば、沖縄に残しましょうと露骨に言えないけれど、そんな結果を求めます。

【日米安保条約反対へ】

あるいはまじめに平和主義者として反対しようと思えば、日米安保条約を反対し始めるわけです。1969年頃、私が反戦平和運動に関わった時、まず参加しようと思えば「日米安保条約を勉強しろ。」と言われたんですよね。「安保粉砕」という言葉は運動の中心でした。テーマが入管問題とかまったく別のであったとしても、「安保粉砕」のスローガンを言わないデモはデモとして評価されませんでした。しかし最近、それは聞きません。日米安保条約反対するあの時代のベテラン、私みたいに白髪の人が何人か残っていますが、昔のような安保反対の大きなデモは存在しません。

【県外移設というタブー】

だから県外移設と言いますと、自分が住んでいる近くに基地が来るかもしれない。そうすると選択しなきゃいけないんですよ。平和主義者の自分でいくか、それとも米軍基地に守ってもらいたいことでいくか、どっちか決めないといけない。だから県外移設と言ったら、「無意識の植民地主義」を書いた野村浩也さんの言い方で言うと人が沖縄に来て、沖縄大好きですと言った場合、「沖縄大好きです、食べ物は良いし、空気はキレイだし、みんな優しいし、椰子なるし。」と言われた時沖縄の人は、「あ、そうですか。そうであるならばお願いがあります。帰りに基地を一つ二つ持って帰ってください。」と怒られるわけね。一瞬に沖縄嫌いになるね。

せっかくできた沖縄を要にしたアーチの固定した形、何も動かない何も変らない構造が危なくなる。だから人がパニックになったり怒ったりすると思います。かなり最近まで県外移設という言い方、つまり沖縄の基地は本土に移せばいいじゃないかと言い方はタブーでした。最近、そのタブーが破れ始めるようになって、言えるようになって面白くなってきています。ずっとタブーだったのは、人がパニックを起こす、そんな力があるからです。

【不平等と反戦平和】

沖縄で僕は時々シンポジウムに出たりしています。沖縄の人が基地について語ると、必ず言う言葉があります。沖縄は0.6パーセントの日本の領土にしかなっていないのに75パーセントの基地が沖縄にあると言いますね。1年ぐらい前だったかな、新崎盛暉先生の話を聞いて、彼は三回か四回言ったかな。20分で。当たり前に必ずそれは出てくる統計です。確かに非常に激しい統計です。さかさまに言うと、残りの25パーセントの基地が99.4パーセントの領土にあるっていうことですよね。非常に激しい、けれども何が激しいか、その統計の分析をゆっくり考えるとどんどん面白くなります。

なんで人はその数字を出すのか、かなり複雑だと思います。ひとつはその言い方、「0.6パーセント/75パーセント」は誰に対する批判。アメリカに対する批判でもあるんだけれども、主に数字を出す以上、どっちかと言うと、沖縄の日本に対する批判ですよね。どの根拠からの批判かと言うと、ひとつは勿論、反戦平和。基地はいらないという反戦平和の思想が入っているのだけれど、でもよく考えてみれば、反戦平和だけであるのなら、数字はいらないよね。統計言う必要ないんです。基地は何処にあっても反対っていうことになるから、なんで数字を繰り返し言うことになるのか。それは「不平等」に対する批判ですよね。そう言えば当たり前のことで驚くことではないんだけれど、不平等に対する文句ですよね。

【不平等とタブー】

不平等の問題と反戦平和の問題とちょっと次元が違うんですよね。もし日本国が完璧な平和主義になったとしても、沖縄に対する不平等な扱いはあるかもしれません。だから別々に考えないといけないんですよね。不平等に対する解決は、普通で考えれば平等ですよね。それが面白いんです。それを考えると県外移設に対するタブーはどれだけ強かったか、今でも強いのかっていうことは、わかるんじゃないかと思います。

つまり沖縄の方のほとんど誰でも、その不平等に対して怒りを感じています。その不平等扱い、0.6パーセントに75パーセントの基地があることは酷いとほとんど誰でも思っているわけですよね。でも、その次を言うのがタブーだから、従って平等がいいじゃないかと言えた人たちは非常に少ない、最近まで。どれだけタブーが強かったかということは、非常に露骨に感じるわけね。この不平等は酷いじゃないか、となかなか言えない。

 県外移設を言うとヤマトの人に怒られる、友達関係はなくなる、連帯運動やってたのにそれが出来なくなる、反基地運動で沖縄に来たヤマトの人たちは怒って帰るとか、そんな恐怖があるらしいです。不平等の解決は平等じゃないかというものの考え方は、何も極端なクレージーなラディカルな変ったような言い方でもなんでもないんです。それはかなり当たり前な意見のひとつ。他の意見もあるとしてもそれは議論の中に普通のひとつとして入れてもらっていいはずなんですけども、ずうっと入っていなかったんです。

【沖縄には安保はいらない】

つまり沖縄からヤマトを見ると、繰り返しの話だけれども、日米安保条約反対運動はあまり目立たない。ミニコミを出しているいくつかのグループはある、だいたい60年安保闘争のベテランとか、全共闘運動のベテランとか、だいたい似たような人たちが中心となっている。例外はないことはないけれど、非常に少ない。大きな運動はない。そして日米安保条約が結ばれた時は、それは復帰以前だから、沖縄の人たちはその相談に入っていなかった。入れてもらったことはない。60年安保闘争の時も復帰以前。

だから沖縄で日米安保条約が欲しいのかと相談されたこともないし、世論調査すると、だいたい反対だと思います。いらないと。ヤマトで世論調査すると、だいたいみんな欲しい、だいたい過半数は賛成。で、反対の意見を持っている人たちの中で、体動かすほど反対する人は少ない。運動として体動かす形として見えてこない。安保条約が欲しい人たちのところに、基地を置くのが常識じゃないかと、全然珍しい意見ではなくて普通に考えればそうするのが当たり前じゃないですかと言う言い方は成り立つと思います。反論はあると思いますが、今のような言い方は問題外とか、タブーだから絶対にしゃべっちゃいけないとかではないと思います。

【移設運動は二流で廃止運動は一流?】

さっき話したように最近、私が知っている限り沖縄でこのタブーがだいぶ弱くなってきています。県外移設を言える人が、あるいは組織とか政治家とか増えているみたいです。それに対して、面白いことがあります。日本の平和学者が平和主義者あるいは・・・なんで平和学者と言ったか、この間、一月前かな、平和学会の中心人物の一人が沖縄に来て、県外移設を言うのは止めなさいと講演したんです。県外移設じゃなくてグァムへ移せばいいじゃないかという講演をしたらしいです。面白いですよね。

とにかく県外移設を言わないでというメッセージは何人かの日本の平和運動に関わる人たちからくるわけです。その言い方は、「移設じゃなくて廃止でしょ。基地を廃止することが目的でしょ。」だから基地をこっちからあっちへ移すだけで、平和主義が求めるような結果じゃないんです。同じ基地があるから何も変らないじゃないかと。だから廃止でしょ、と。もちろん平和主義から考えれば移設よりも廃止のほうがレベルが高いんですよね。だから廃止を言う人が移設を言う人に説教できるんです。これは二流の運動で一流の運動は廃止運動。上から言えるような立場になるんですよね。

【廃止は空論】

もちろん廃止は素晴らしい目的です。本来は日本国に日米安保条約の大きな反対運動が盛り上がらない限り、廃止の話は空論です。もしその人が、運動を絶対起こしますから半年待ってくださいと言ったら説得力あるかもしれないけれど、廃止と言ながらも安保反対勢力がないのなら、廃止と言ったら動くなという意味です。

つまり移設を言わないということは、世界中が完全に平和になって全ての国の憲法には第九条のようなものが書いてあるそんな時代を待ちましょう、その時代が来るまでは、悪いけど基地は沖縄にありますっていうことです。あるいはヤマトの私たちが成功の可能性のある激しい安保廃止闘争を起こして、そして日米安保条約を失くすまで沖縄で待ってね、ということですよね。

【廃止の実現のために】

そこで沖縄の要石の役割が見えるんです。つまり非常に善意の平和主義者の平和のための発言が、このアーチを固定する力に切り替える。移設じゃなくて廃止て言ったら結局沖縄に残る。廃止の可能性は今見えないから。それが要石の不思議なマジックだと思います。ただこの移設じゃなくて廃止だという言い方は、その役割を果たすために、あまり大きくならない必要があります。つまりもし日本社会の中で、移設じゃなくて廃止という意見がどんどん増えれば、本当の廃止運動になる可能性はあります。昔、安保闘争の時代にはあったから。60年代あたりは廃止運動が激しかった。それが復活するのは可能なんです。

では移設じゃなくて廃止という意見をどうやって増やすか。ひとつの方法は、沖縄で県外移設を言い続けることです。県外移設と言うたびにそれに対して、そうでなく廃止という声が増えればいいんですよね。だからそういう形で県外移設という言葉は、固定されたアーチを崩す、崩させる力があると思います。そういうプロセスが今進んでいると思います。今、面白い時代に私たちは生きていると思います。何か動き始めたような気がします。

【日本の独立はある程度】

最後にひとつだけ話したいことがあります。アメリカは日本の鳩山政権に対して、どうもすぐ決めて欲しいんです。今までの日本政府があんなに従順で言うことを聞いたのに、今の政府は言うことを聞かないということで、驚いたようです。アメリカの国務省のアジア担当の人がキャンベルっていう奴なんですけども、鳩山政権が出来た時、ワシントンDCで彼とアジア学者日本学者の集まりがあって、この鳩山政権をどう考えるかというシンポジウムがあったらしいんです。キャンベルは面白いことを言いました。「私たちアメリカはこの鳩山政権を歓迎すべきだと思います。日本国にはある程度の独立があったほうが健全だと思います。」面白いでしょ。ある程度だよ。英語で「 a degree 」日本語に直すと360度の中の1度。彼は以前国務省にいて日本との関わりの専門家なんですが、以前の政府にはある程度の独立はなかったということが、わかったということで、その前提から言っている。そしてアメリカは許してもいいのなら、ある程度。本当の独立は許すつもりはなくて、今の鳩山政権が抵抗しているということで、アメリカは驚いているらしいです。

【辺野古には無理】

とにかくすぐ決めろと言われて、すぐ決めません、数ヶ月間かかりますと言うことで、アメリカに対して抵抗しているということで、かなり評価している人がいると思います。それは評価すべきだと思うんですが、もうひとつの予想があると思います。鳩山政権は普天間基地を何処に置くかってことは来週まで決めると決心しても、決められないと思います。決められない状況が出来ていると思います。鳩山政権に期待するよりも、その状況を見るべきだと思います。つまり、辺野古にもう作れないと思います。辺野古の反対運動は成功していると思います。鳩山政権は辺野古以外の所に考えていると言った限り、もう一回、じゃあやっぱり辺野古と言ったら爆発になりますよね。辺野古に作ると言っても作れないと思います。ずっと計画は遅れているし何も進んでいなくて業者は困っているし、辺野古はもう無理だと思います。

【普天間も無理】

ゲイツは東京に来た時、辺野古でなければ普天間の次は普天間だと言うようなことを言いましたね。普天間に残る。それも無理だと思います。確かにこの数年間、宜野湾市の反基地運動はそれほど激しくないと思いますが、それはとりあえず勝った形になっているから、つまり普天間基地は何処かに行くってことになっているから、何処かに行けと言わなくても、そうなっているからあまり動いていないけど、もし普天間が残るということが決定であるならば、わからないけど宜野湾市は爆発するんじゃないですか。

【TDLに如何?】

関空いかがですか?関西空港に置こうじゃないかって話がありますよね。OKって言う人もいればそうでない人も結構います。もしそうなれば大阪も爆発して止めるんじゃないですか。佐賀の人にも佐賀空港がいいんじゃないかと言われたんだけれども、置こうとすれば佐賀の人たちは反対するわけね。県外移設反対の人たちの言い方は、ヤマトに置く所がないと言うわけですよね。置く所がないというのは地理的なことではなくて、地理的にはいくらでもあって、使われていない空港とか自衛隊を移したりとか案はたくさんあるわけですよね。僕が一番好きな提案はディズニーランド潰してそこに置く。国の防衛がそんなに大事だったら、ディズニーランドみたいな所潰してもいいよね。とにかく置く所がないと言うのは地理的なことではなくて、何処に置こうと思っても反対運動は起こる。なるほど反対運動が起こる所に作れないんだ。

であるならば、さっきの話に戻るけれども日本で一番強い反対運動が続いたのは辺野古だから、反対運動があるところには作れない原理でいけば、辺野古に作れない。じゃ、何処にも作れないんだ。じゃ、何処に置くかと。沖縄に来たヤマトの人と議論した時、「じゃ何処に作るんですか?」

【グアムにも無理】

あ、もうひとつグアムの話なんだけれども、多分沖縄と同じくらいとんでもない提案だと思います。基地が近くに欲しいのが日本の世論。でも自分の住んでいるところに置いては欲しくないのが日本の世論。それでグアムに置くってことはとんでもない話ですよね。この間グアムに行ってきた人に聞いたんですが、もしグアムの人たちはなんで基地をグアムに置きたいかということを分かれば、みんな反対するでしょうね。つまり日本の世論の矛盾を解決するために、グアムが犠牲になると分かれば反対するだろうと思います。

【いいんじゃないですか】

じゃ、何処に置くんですか?その問題は、日本の世論の矛盾から生まれた問題で、沖縄の犠牲がその解決だったんだけれども、沖縄はその問題を解決する必要はないんですよね。米軍基地の不動産役をする必要はないです。じゃ、何処に置くか。「知らない。」でいいんじゃないですか?