ペシャワール会・福本満治さん講演会

今日は、「戦争と平和を考える集い実行委員会」主催で、
ペシャワール会・福本満治さんの報告会があった。
内容は昨年のペシャワール会の報告会とほぼ同じだった。で
も、それでも良かった。記憶力が悪いので、何度も同じ話を聞いて、やっと頭に定着するから。
ノーベル平和賞はオバマより、マラライ・ジョヤと先日の日記に書いたが、
ペシャワール会の中村医師も、候補に上がるべきだと思う。
大干ばつで干上がったアフガンの大地を、たった25Kmの間かもしれんが、
用水路を作って緑の大地に変えたのだから。
ペシャワール会は今はモスクと神学校を作っているそうだ。
地元に溶け込み、その文化や風習を尊重しながら活動していると、
自然とそうなっていったのだろうと思う。

中村医師のエピソードをひとつ。
アフガニスタンの山岳高知を馬で移動中のことだ。
道はかなりの急勾配で険しく、幅も馬の横幅よりも狭く、
馬を信じて登るしかないほどの道中で、中村医師は馬から落ちかけ、
片足だけが鐙にひっかかり宙吊りになったそうだ。
そんな時でも中村医師は慌てるでもなく、
煙草に火をつけ一服してから、馬から降りたそうだ。
かっこいい~~!!!

 

鳥を絞めるほどの重み

DAYSJAPAN1月号で、オバマは「第2次大戦後のどの大統領よりも多くの軍事費を1期の間で使う」ことになると、ノーム・チョムスキーが書いている。そしてノーベル平和賞は、アフガニスタンの活動家マラライ・ジョヤに送るべきだったというようなことが書かれている。

昨夜、「RAWAと連帯する会・関西」主催の「アフガン女性の現状と闘い~マラライ・ジョヤとRAWA」という講演会が開催されるはずだった。ところが新幹線の事故で、講師の前田朗氏が来れなくなってしまい、残念ながらお話を聞くことが出来なかった。
マラライ・ジョヤのことは、ちらっと記事を読む程度でしか知らなかったので、今回話を聞く機会を失くしたことによって、余計に知りたくなった。しかし、出版物を検索すると2冊ヒットしたが、残念ながら彼女の本はまだ和訳されていなかった。たぶん、どちらも同じ内容だと思うのだが・・・。
「A Woman Among Warlords: The Extraordinary Story of an Afghan Who Dared to Raise Her Voice」
「Raising My Voice: The Extraordinary Story of the Afghan Woman Who Dares to Speak Out」
アフガニスタンは米軍の爆撃と旱魃と、腐敗した政治で瀕死の状態だ。その上にイスラム原理主義による女性差別。「女性の命を奪うことなど、今日のアフガニスタンでは、鳥を絞めるほどの重みしかありません。」とマラライ・ジョヤは言っている。
彼女は2003年のアフガニスタンの国会で三分間のスピーチを許された。

 「私の名前はマラライ・ジョヤです。ファラ州からやってきました。全ての出席者による許可と、殺された殉教者(martyrs)たちに対する敬意をもって、私は発言したいと思います。私はこの部屋にいる同胞(compatriot)を批判したいと思います。あなた方はどうして犯罪者を、このロヤ・ジルカに出席することを許しているのですか?この国の現状を招いた軍司令官たちを。
アフガニスタンは国家及び国際的な紛争の中心地になっています。彼らは女性たちを虐げ、この国を荒廃させています。彼らは起訴されるべきです。アフガンの人々はもしからしたら彼らを許すかも知れない。しかし、歴史は彼らを許さないでしょう。」
と、字幕だけを訳したらこのようになるが、パシュトー語ではもっと過激に批判したらしい。彼女は議会から追放され、その後五回も暗殺されそうになったそうだ。彼女のように活動をしている女性はたくさんいるのだが、殺されて初めて西側メディアの記事になるそうだ。現在は潜伏しながら活動を続けている。

往くも還るも

小学校の時、教室で浅間山荘事件のニュースを見たのを覚えている。担任の先生が見たかったのか、僕らに見せたかったのかは、わからない。

中学の時は、四畳半フォークが流行りだした。体制から負けた若者は四畳半に閉じこもってしまったと、マスコミでは言われていたような。

高校入学の春、同じ高校の先輩が旅客機をハイジャックしたというニュースが流れた。
入学した高校は組合が強いという理由からか、理系文系に関係なく、
全員が数Ⅲまで学習させられた。
大学は二浪したあと、芝生が有名な大学に入学した。
ヘルメットやゲバ棒など、そんなダサイものは一切に目に触れたことはなかった。

僕が歩んできた少年から青年時代は政治的な匂いを嗅ぐこともなく、
所謂三無主義のような青春時代を過ごしてきたのかもしれない。
その時々の時代に何の疑問も矛盾も感じなく、のんべんだらりんと生きてきたのだ。
闘ってきた人たちのことなど、これっぽちも考えたことはなかった。

そして世の中はやがて好景気になり、周りの安月給の人まで株を購入したりして、
何かとんでもない時代に突入した気がした。
でも、すぐにバブルははじけ大損をしたと嘆く人が巷にあふれた。
そして、あの日がやってきた。
空から大王がやってくる前に、関西の一部で大地が裂けたのだ。
たくさんの人が亡くなりたくさんの人が傷ついた。
今もその傷からは血が流れている。

それでも時間は止まらず、世の中の動きは破滅に向かっているとしか思えない時代になってきている。
数字だけが尊重され、それ以外のものはどんどん切り捨てられている。
自分さえ良ければそれでいいと、上に立つものもそれに従うものも、
みんなぞろぞろと破滅の道へと歩んでいる。

1月17日に神戸アートビレッジセンターで「往くも還るも」という芝居を観た。
その芝居を観て僕は思った。

芝居では1995年1月17日午前5時45分まで描かれていた。
登場人物たちは、その後どうなったかはわからない。
それは観客の想像にまかせられるのだろう。
たとえ生きていたとしても、あの時代よりもさらに悪い時代になっていることは確かだから、
彼らが幸せになったかかどうかはわからない。

それでも、僕らは生きていかなければならない。
何を大切にしていかなければならないのか、何と闘っていかなければならないのか。
こんな時代だからこそ、今度こそは考えていかなければならない、
と芝居を観て思ったのだった。

http://kavc.or.jp/play/produce09/

沖縄に同情したり、関心を持ったり、連帯しにこなくていいから、基地を持ってけよ。

目取真さんの言葉を借りて言うと、日本は今年で戦後65年になるが、
戦後65年と言える国がアジアのどこにあるだろう。
これは非常に特異なことではないだろうかということ。
そして、日本は本当に戦後65年なのだろうかということ。
沖縄のことを考えると、果たしてそうなんだろうかと。
アメリカが起こす数々の戦争に手を貸しているではないかと。
では、何故65年間、戦争がなかったといえるのは何故?
それは憲法九条があったから?
それとも、日米安保があったから?
その二つが共存する矛盾は、沖縄へ75パーセントの基地を押しやることで均衡が保たれている、そういうことだろう。
「銃剣とブルドーザー」で米軍に奪われた土地はそのままの沖縄。
占領は続いている。
そしてそこから、今もアフガンへ爆撃機が飛んでいる実態。
決して「戦後」とは言えない、ということ。
非常に丁寧に綴られていて、戦争を知らない世代でも、
戦争の悲惨さを伝えていかなければならない気持ちが伝わってきた。
特に、沖縄は日本で唯一、地上戦が展開された場所で、
軍隊は国民を守らなかったことを知らなければならない。
また、沖縄戦の映像や写真は、米軍側から撮影したものばかりなので、
写していないところに思いを馳せるべきだと書いている。
米兵は、負傷した沖縄人を救ったのも事実だが、
カメラのない場所では女性をさらって暴行していてのも事実だと。
「沖縄に同情したり、関心を持ったり、連帯しにこなくていいから、基地を持ってけよ。」

十数年前なら言われなかった言葉だが、
今は、無知、無関心さに苛立ちをもって吐かれること言葉らしい。

今オキナワに必要なのは、数千人のデモでもなければ、数万人の集会でもなく、一人のアメリカ人の幼児の死なのだ。

1999年から2001年までの目取真俊さんのエッセイと、掌編小説が数編、掲載された本だ。 もう廃刊になっているのだろうか。画像がなく値段も記載されていない。

野村浩也さんの「無意識の植民地主義」に、目取真さんの「希望」という掌編小説が紹介されていた。沖縄の米兵の子どもが誘拐され殺されるという話だ。1999年に朝日新聞に掲載され、当時話題になったらしい。

「今オキナワに必要なのは、数千人のデモでもなければ、数万人の集会でもなく、一人のアメリカ人の幼児の死なのだ。」

これを模倣するオキナワ人は誰もでず、その後も米兵や、その子どもまで好き放題にやっている。普天間基地の移転問題は、14年前からあったのだけれど、何も知らなかった、いや知ろうとしなかった僕は、恥ずかしい。

この本には約10年ほど前の沖縄の基地問題の状況が記されている。沖縄サミット前に、辺野古への移設を年内に決着せよとアメリカら迫られている状況などが書かれているが、10年たった今もほとんど何も変わっていない状況だ。

目取真さんは、沖縄への差別だけでなく、沖縄の中での差別にも触れている。そしてそれが権力者に利用され、分断されていると。野村さんの本は内地の人間に対してのメッセージを強く感じたが、目取真さんのこの本は沖縄の人に対してメッセージを発信しているのだと思った。

目取真さんは名護市に移り住み、辺野古への移転を阻止するために、市長選挙を公募する市民団体を作って、頑張っている様子が最後のほうに書かれている。でも、この選挙には負けてしまう。二期続けて、誘致派が勝っているようだが、今年はまた、名護市の市長選挙の年だ。今年こそはと、その結果を見守りたいと思う。

ハイサイおじさん

喜納昌吉さんとダグラス・ラミスさんの対談集。
喜納昌吉さんの曲である「ハイサイおじさん」に纏わる話はショッキングだった。

ハイサイおじさんは喜納さんの近所に住んでいた実在の人物をモデルにしているそうだ。
そのおじさんが帰宅すると、家に毛布でくるんだものがあって、足が二本出ていた。
自分の7歳の娘の足だということがわかり、触ってみると冷たい。
毛布をめくると、首がない。
ハイサイおじさんの奥さんが、子どもをまな板に置いて、斧で首を切り落としたのだ。
そして土間の大鍋で、その頭を煮た。
「自分の子どもなんだから、食べてもいいでしょう!」と言ったらしい。
それを最初に見た隣のおばさんはショックで一年後に亡くなったそうだ。
奥さんも精神病院に入れられて、
退院したあと、自分のやったことの恐ろしさに耐え切れず自殺した。

沖縄戦で生き残った人の中に残る狂気が発露したのだろうか。
しかし、ハイサイおじさんはその後、酒に溺れながら、
みんなに疎まれながらも、陽気に生きていったらしい。
それを歌にしたのが「ハイサイおじさん」だった。
そんな地獄が背景にあるなどと一切感じさせないほど陽気な歌であるだけに、
そのアンビレンツさに心が傾いでいくような錯覚に陥ってしまう。

喜納さんが語るラミスさんのエピソードも印象的だ。
あるとき、喜納さんが国際通りを歩いていると
ラミスさんが路上で自分の本を売っていたらしい。
何してるのですかと聞くと、「うん、僕はこれをしながら生活をしている。」って
ひょうひょうと答えたらしい。
偉い学者さんがそんなことをするって、
ますますラミスさんの本をもっと読みたくなったのだ。

肝心の対談集の中身は、
平易な言葉で語られる中にも大事なキーワードがたくさんつめこまれていた。
平和を求めることは、何も特別な人たちがすることではなくて、
当たり前のこととして、一般常識としてとらえられる社会にしたいものだと、
この本を読んでそう感じた。

アブチラガマと轟の壕

「沖縄の旅」と題名が頭についているので、
一瞬、観光案内かと思ったが、そんな生易しいものではなく、
沖縄戦のアブチラガマと轟の壕での様子が克明に記されている。
悲惨を通り越して、もはや地獄の阿鼻叫喚の図だ。
戦争だからと言って許されるはずのない日本兵の沖縄人に対する蛮行の数々。
沖縄の人々を盾にしながら、ゲリラ戦を行っていたのだ。
こんな事態になったのは、終戦工作をすべきだと進言した近衛文麿に対して
「モウ一度戦果ヲ挙ゲテカラデナイト中々話ハ難シイト思フ」と
述べた天皇の言葉があったからだと書かれている。
25年もかけて取材活動をされた作者の熱意に頭がさがる。
先日亡くなった二重被曝の山口さんが、死期が近いことを感じて、
映画監督のジェームズ・キャメロンに「語り継ぐバトン」を渡したと新聞に載っていたが、
沖縄戦も必ず伝えていかなかればならないものの一つだ。
吐き気をこらえてでも、読まなければならない一冊だと思う、この本は。

無意識の植民地主義  日本人の米軍基地と沖縄人

「よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします。」

毎日新聞を開いたら二面に歎異抄関連の広告が載っていた。

「世間には空言、戯言ばかりで、まことの言葉はない」らしい。
そして社説には「核廃絶に踏み出す時だ」と書かれている。
小出先生に教わったが、「核=原子力」なのだそうだ。
それらは全く同じもので、英語では「nuclear」、
ただ日本では平和利用の時は「原子力」、そうでない時は「核」と使い分けている。
日本では「核」を「原子力」という名称に置き換えて、
長崎原爆の4000発に相当するプルトニウムを保有してしまっている。
またH2ロケットなどの発射にも成功している。
つまり日本はいつでも核武装ができる国になっている。
「核廃絶に踏み出す時だ」と書くのなら、
原子力発電から生み出たプルトニウムの存在や、
原子力発電そのものの是非を、問うべきではないだろうか。

「無意識の植民地主義  日本人の米軍基地と沖縄人  野村浩也」

とある方に薦められた本だ。今日読み終わった。
自分の無知さ加減、愚鈍さ加減をなじられているようで、かなり衝撃を受けたのだ。
この本で何もかも分かったわけではないが、
沖縄人の痛みを少しでも感じることが出来たのではと思った。

「無知とは知識のないことではない。問いのないことこそ無知なのだ。」
「米軍基地とは、民主主義という暴力によって
日本人が沖縄人にもたらした巨大な傷なのだ。」

「多くの日本人は、自分という日本人こそが沖縄人に基地を押しつけている
加害者だということをまったく意識していない。
つまり、日本人は、みずからの植民地主義に無意識なのであり」

「日本人が、『わたしは基地をおしつけていない!』という愚鈍な思い込み」

その「愚鈍への逃避こそ、無意識の植民地主義を
可能にする主たる要因にほかならない」のだと書かれている。

無知は人を傷つけ、差別を生むことが、あらためてよく感じたのだった。
そう言えば昨日「アバター」を観たのだが、
植民地支配をしようとする地球人の姿が描かれていて、胸が痛かった。

沖縄の基地のことを論じると日米安保条約に言及せざるを得なくなり、
そして憲法九条のこと、日本はどんな方向に進んでいくべきのなのか、
いろんなことがLINKされながらも、考えていかなければならなくなる。
自分なりの考えを持てるように、もっと勉強しなくては・・・。