「太陽が教えてくれること」小出裕章さん講演会

「太陽が教えてくれること」というタイトルで 京大原子炉実験所の小出先生のお話を、 13日の夕方から、14日の夕方までたっぷり聞かせて頂いた。 この歳になると物覚えが悪いので、何度も聴かないと勉強にならない。 だから、これから先も講演会があれば必ず行こうと思う。

たくさんの話の中から特に印象に残った話を少しだけ書く。 一つ目は、世界一の地震国である日本に50基以上の原子力発電所があるということ。 諸外国の原子力発電所は、ほとんど地震のない場所に建てられている。 そして、統計学上、東海地震は近々必ずやってくる。 しかもエネルギー的にはマグニチュード8.5級だと予想されている。 その地震がきた場合、浜岡原発が危ないというこだ。 小出先生は、東海地震は今発生しても不思議ではないので 浜岡原発は即刻運転をやめるべきだと主張している。

二つ目は、大阪の熊取に「原子燃料工業」という工場があって、 そこでは主に西日本の原発で使われる「燃料棒」を作っているそうだ。 で、その工場でウランを均一にすために、混合槽でウランを混ぜているのだが その混合槽の形状が、「JOC臨界事故」が起きたのと同じような寸胴になっているそうだ。 だから、もしウランを混ぜている時に、水が一滴でも入ったら JOCで起きたのと同じ事故が発生するという。 同じ大阪で、こんな工場があったとは、今まで全く知らなかった。

もちろん他にも山ほど書きたいことはある。 ひとりでも多くの人が「本当のこと」を知ってほしい。 知りたいという気持ちになってほしいと思う。 電力会社にだまされてはいけない。 三菱、東芝、日立の圧力に屈してはいけない。

とぉ、なまやさ!~知念ウシさん講演会~

昨日、関西沖縄文庫へ知念ウシさんの話を聞きに行ってきた。
土日と小出先生の話をたっぷり聞いた後だったので三日連続はさすがに疲れた。

ネットの情報を通じて、知念ウシさんの話は過激そうかもと期待していたのだが、案外そうでもなかった。それは、今まで野村さんや目取真さんの本を読んできたからだろうと思うけど。

手渡れた資料の中に、「九条の会・おおさか」の吉田事務局長へインタビューした朝日新聞の記事があった。それを読んだときに、違和感というか胡散臭いもの感じたのだが、知念ウシさんは、その記事を元に、持論を展開していった。

さすが知念ウシさんは僕が感じたもやもやを、吉田事務局長の文章を分析しながら紐解いていってくれたのだ。彼自身が気がついていないかもしれない言葉に現れている距離感を見事に指摘していた。知念さんは、吉田事務局長と公開討論したいと言っていた。実現すれば是非聞きたいものだ。

【朝日新聞:沖縄米軍基地・本土移設論を聞く・上】
http://mytown.asahi.com/osaka/news.php?k_id=28000001002150002
【朝日新聞:沖縄米軍基地・本土移設論を聞く・下】
http://mytown.asahi.com/osaka/news.php?k_id=28000001002160002

どうせ沖縄に基地は残るだろうとたかをくくって、反対運動も起きない「本土」。
基地が沖縄にあるのが当然であるというような風潮はおかしい。
私たちは平等を要求しているのです。
もう抑圧するのはやめてほしい。
もちろん、日本の何処にも、世界中の何処にも基地はいらないから
その第一歩として、沖縄から基地をなくすのです。
鳩山が5月に期限をきったことによって、「本土」の人たちは
このまま辺野古になってしまうのではないかと言う人がよくいますが
もう、辺野古には基地はできません、作らせません。
私たちがずっと反対運動をしてきたのです。
だからできるわけはありません。
根拠はないですが自信はあります。
もし、まだ基地をそこに作るというのなら闘います。

というようなことを知念ウシさんはおっしゃっていたように思う。

質疑応答のなかで、「橋下知事が関空へと言っているのだから
焦点を絞って『基地は関空へ』としたらどうか?」という意見があった。
知念ウシさんは、「それは大阪の方で是非やってください。
私たちはそこまで余裕はありません。」と。
基地の問題を、自分たちの問題として捉えていない質問者に
少し苛立ちを感じたように思えた場面だった。

そう、基地問題は「沖縄問題」ではないのだ。
僕も、もっと勉強していきたいと思う。

INVICTUS

歓声と応援歌のようなものが次第に大きくなっていく。ラグビーの練習風景が映し出される。綺麗に整備された芝生の上で白人たちがサンドバックにタックルをしている。カメラは移動し、道路をはさんだ反対側のグランドに向けられる。なんの整備もされていないただの広場で、身なりの貧しい黒人の子供たちがサッカーをしている。歓声が大きくなる。サッカーをしている子供たちは道路側に駆け寄る。ラグビーをしていた白人たちもフェンスに集まる。道路を車の集団が走っている。子供たちは「マンデラ!マンデラ!」を拳を振り上げ歓声を送る。マンデラが釈放されたその日だったのだ。
この場面だけで当時の南ア共和国の状況がよくわかり、この後の物語の始まりとして相応しいシーンだ。27年間も牢獄に囚われていたにも関わらず彼が行ったことは、相手を赦すという行為だ。長年アパルトヘイトによって苦しめられてきた黒人たちにも、その行為を促した。そしてラグビーというスポーツを通じて奇跡をマンデラは起こしたのだ。
マンデラの魂の高潔さに心を打たれながら、その心に呼応してひとつになっていく選手たち、観客、そして国民たち。伝播していくその熱と光が否応なく僕にも降り注いできたのだ。最後のラグビーの試合の場面では、体は熱くなり、腹の底より横隔膜を震えさせながら込み上げてくるものが確かにあった。これこそ歓喜だ。国がひとつとなった瞬間に立ち会えた喜びだ。
しかし、一度奇跡が起きたからといって、世の中はそんなに簡単に変るものではないと、今の南ア共和国の現状を見て悲しいかなそう思う。白人と黒人の経済格差は依然として大きく黒人の失業率は約40%と高い。また成人の五人に一人がエイズ感染者で、ヨハネスブルクは世界最悪の犯罪都市と言われている。アパルトヘイト時代に教育を受けることができなかった人たちがたくさんいることが一因とされているので、マンデラが望んだ虹の国となるのは、まだまだ時間がかかりそうだ。だからこそ、この映画は本当に価値のある映画だと思う。