ミーナ


「RAWAに連帯する会」の講演会などに何度か参加し、そして入会したのだけれど、いまいち「RAWA」のことがよく分かっていなかったと思う。だからこの本を読んで、「RAWA」のことがよくわかったし、その創設者の「ミーナ」という人がどんなに凄い人で魅力的な人だったいうのが、とてもよく分かった。比べることはできないけれど、武器を持たないという点で、もしかしたらゲバラ以上に凄い人だったかもしれない。

しかし、アフガニスタンの女性虐待の現状は、まだまだ改善されていない。やはり、ミーナが一番最初に取り組んだ「教育」がゆきわたっていないからだろう。そしてそれはアフガニスタンが「貧困」にあえいでいるからだ。で、その「貧困」の大きな一因は「戦争」である。アフガニスタンへのアメリカの戦闘機は沖縄から飛んでいるだろうし、日本はアメリカの「思いやり」と称して巨額のお金を毎年献上している。思いっきり日本はオバマの戦争にも協力しているのだ。

こうして、アフガニスタンの女性虐待は日本も関与しているということだ。決して遠い国の関係のない話ではない。地球上でおこるすべてのことは、どこかで繋がっているのだ。

道に倒れていたお爺さん

その日は、朝から体がだるく仕事を休むことにした。職場に電話を入れた頃、妻が仕事に向かった。5分ほどして、携帯が鳴った。妻からだ。出ようと思ったらすぐに切れた。何か不吉な予感がしたので、すぐに折り返し電話をした。

「あ、ごめん。あのな、道に人が倒れてるねん。どうしたらええと思う?」
「え?倒れてるって。どのへんや?」
「バイク屋さんのあたり。」
電話機の向こうから何か声が聞こえる。
「別に怪我はないみたい…。大丈夫って言うてはるわ。お酒に酔ってはるみたい。」
酔っ払いなら放っておけよと、声が出かかった。彼女はその倒れてる人と何やら会話をしているようだ。
「どないかするわ。ごめん。」と言って電話が切れた。

妻はいったいどうするつもりなのだろう。僕なら、恥ずかしいけれど、見て見ないふりをして通り過ぎていただろうと思った。しかし、繁華街に出れば、そんな人たちをよく見かけるし、わざわざ面倒を引き受けなくてもと、妻のことを思った。気になるので、もう一度電話をした。

「どうなった?」
「うん。近所らしいから送ってあげるわ。」
「会社、どないするねん。」
「もう電話した、遅刻するって。」
「そっか。わかった。」

なんてお人よしなんだと思った。僕はその酔っ払いよりも彼女のほうが心配で、携帯電話と財布だけを持って、作務衣のままバイク屋の方へ向かった。

妻が自転車を押しながら歩いている。その横には薄い水色のジャンバーと作業ズボンの身長160センチほどのお爺さんがよろよろと歩いている。二人は何やら会話をしているようで妻は笑っている。

「あ、主人です。」と僕を紹介した。それまでにこやかな表情だったお爺さんは、少し不機嫌な顔になったようだ。それでも僕に頭を下げて何やら言っている。

「俺が送るわ。仕事行っといで。」
「かめへんの?」
「ええから、ええから。」

僕とお爺さんは歩き出した。少し酒の匂いがする。
「こっちでいいんですか?」
「はい、そりゃ、もう×▽☆§±÷♪…」半分以上何を言っているかわからない。

「ええ奥さんですなぁ。ほんまええ奥さんや。奥さんに感謝してるかぁ?×▽☆§±÷♪…」ずっと一人でしゃべっているから適当に相槌を打っていた。

「×▽☆§±÷♪…悪いけど、民主党には入れられへん。すまん。民主党は嫌いじゃないねんけどな。俺の気持ちわかってくれるか?×▽☆§±÷♪…」政治の話を何度も何度も繰り返していた。車道に落ちないように僕が車道側を歩いた。

「ああ、もうここから一人で帰るから。おおきに。ありがとう。すまんな。」といきなり土下座を始めるから、腕を引っ張り上げる。立てばふらふらで、一人には出来ない。溝にはまらないかと気が気でならない。はまりそうになった時、手を掴んだら、そのまま手を手をつないだまま、しばらく歩いた。

僕の足を見ながら、「サッカーしてるんか? ええ足してるなぁ。太いなぁ。え?してない。じゃ、相撲か? 違うんか。」僕の肩や腕を触りながら「格闘技してるんやな。触ればわかる。わしもなぁ現役の時は90Kgあったんや。ああ、相撲しとった。こ~んな腹でなぁ。今は50Kgしかあらあへん。」

やっと家の前までたどり着いたようだ。そこは僕のマンションからも見えている高層団地だった。外からはモダンに見えていたのだが、中に入るとうす暗く、廃墟のようだ。とりあえずエレベーターに一緒に乗る。最上階の13のボタンをお爺さんは押した。エレベーターから降りて、ふらふらと階段を下りていく。エレベータは各階には止まらなく、何階か置きに止まる仕組みのようだ。二階降りたところがお爺さんの家だった。表札はなかった。ポケットから鍵を取り出し開ける。

「まぁ、入っていけ。お茶の一杯でも飲んでいけ。」ここまで来たら、もう覚悟は出来ていた。入ってすぐが、小さなキッチンだった。小さなテーブルに2つの椅子。家の中は片付いていた。

「奥さんは居てはれへんのんですか?」
「仕事。」
「朝まで飲んで、帰ってけぇへんでも奥さん心配しはれへんのんですか?」
「心配せん。もう慣れた。」
お爺さんは何処からともなく、小さな紙パックのお酒を取り出して呑み始める。僕にはコップに麦茶を入れてくれた。
「とにかく民主党には…。」
「いやいや、僕、議員じゃないですよ。一般人、一般人。」
「何言うてんねん。府会議員やないか。」
「ちゃいますって。それに自民党嫌いですし。」
「うむ。」
「民主党も同じようなもんですけどね。」
「そやな!よし、無所属で出! 俺が一票入れたる!」
「はい!」
「いやぁ、頑張ってや。今日はありがとうな。頑張ってや。」
と、さっきトイレから出てきて洗っていない手で僕の手を握る。ズボンの前は濡れている。それでも僕は強く握り返し、
「はい、頑張ります。お父さんも頑張ってな。」と言った。

さて、まずは市会議員からかな(笑)

白バラの祈り


これを読んだ。電車の中で座って読んだら、たいていの本はたとえ面白くても、いつのまにか意識を失ってしまいがちなのだが、この本はそん なことがなかった。

結末は想像つくのだが、その結末に向かわないように祈りながら読んでしまうのだ。息が詰まるような緊張感の中で5日間の物語が進んでいく。

彼女のような勇気や誇りの百分の一でも、自分にあればなぁと思う。もうちっぽけ過ぎて、書くのも馬鹿らしいくらいの自分であるから。

僕の夢は豊かな人生を築くこと

p168にキューバのある彫刻家の言葉が載っていた。

 

「僕は芸術家として成功することなど夢ではない。夢を掴む手段として自分の好きな芸術で生きているんだ。だから僕は夢を尋ねられたらこう答えるん だ。『僕の夢は豊かな人生を築くこと』だってね。分かるかい?

みんな医者になりたいとか、教師になりたいとか言うけれど、そんなの夢じゃない。結婚することも、たくさんの子供を作ることも夢ではなく、単なる 目標であり、手段だよ。夢っていうのは、最終的な自分のあり方なんだ。そのための手段が、人によって医者や教師になることだったり、好きな人と結婚したり たくさんの子供を作ることにあるんだよ。

だから、たとえ僕が大金を手にしても、そんなことでは満足しない。大きな家を買っても、フェラーリに乗っても、一瞬の楽しみは満たせても幸せでは いられない。無名であっても、金がなくても、僕の作品で少しでも人を感動させられた時に、心は満たされるんだ。だから僕は豊かな人生を築くために大好きな 芸術で生きているんだよ。」

キューバは社会主義だから、国民全員が国家公務員だ。そして全員が安い給料で生活をしている。たとえ著名な芸術家であろうと、オリンピックの金メ ダル選手であっても。もちろんお金欲しさに亡命する人もいるが、上記の芸術家のように、お金では得られない価値を見出し、豊かな人生を過ごしている人もい る。

今の日本は拝金主義に陥ってしまい、精神的にはとても貧しい生活を送っているように思う。それが元で、基地問題、環境問題、エネルギー問題、貧困問題etcなどがLINKしながら絡まりあい、ほどけない知恵の輪のようになっている気がする。

ほんまどないしたらええんやろね。

「たまたま、素敵。」

100613_151017

「人は誰も愛される権利がある。」とコスタリカでは小学校で習うそうだ。年間三万人も自殺する日本には、愛されていないと思う人が多いのだろう。日本は完全に病んでいる。これは国家の責任であり、今のままの価値観では、自殺者が減ることはないだろう。

「たまたま、素敵。」を観てきた。自殺者が多発するあるマンションの一室での物語だ。土曜の夜だからか小さな芝居小屋は通路にまでパイプ椅子が並べられ満員御礼だった。僕は勿論初めて観たが、12年前から色々な劇団で演じられている有名な作品だったようだ。

出演者の大半が若い役者ばかりで、熱心な演技に初々しさを感じた。しかし、その力の入れ具合が、観客を置いてきぼりにしているような感じがした。特に最初の方の、台詞のくどさが鼻につき、面白いのだけれども笑えない閉塞感があった。リズムが単調過ぎたのだろうか。途中から、微妙な間が発生してきて、やっと笑えるようになってきた。そして、竹田朋子さん演じる夏目麗子が登場してきて、やっと舞台の上にしっとりとした調和が出来てきたように感じた。さすがだ。安心したと言うか和んだと言うか。竹田さんの落ち着いた声質も良かったのだと思う。やはり声が出来ていない若い役者たちの、高い音や力の入れ過ぎた声は、聞いていて疲れてくるから。

でも後半はそんなことも気にならないようになってきた。最後の白い衣装に着替えて登場してくる場面では、気持ちがぐっと高まり、それぞれの登場人物の背景が愛おしくなってきたのだ。誰か一人でも、自分を認めてくれ、必要としてくれる人がそばにいれば、人はなんとか生きていけるものなのだ。出演者の皆さま、お疲れ様でした。そして、ありがとう。

僕も自分なりの「たまたま、素敵。」の脚本を書いてみたくなった。

あるコンゴ難民の軌跡~紛争と苦難の果てに~

コンゴ人のロベール(仮名)さんの話を聞いてきた。

いわゆる難民の方なのだが、まだ認定はされていない。っていうか、日本ではほとんど難民の認定はおりないそうだ。難民となった証拠がいるらしい。しかも日本語での書類が必要なのだそうだ。そんなものは、一般人にとっては不可能に近い。

ロベールさんは、黒人にしては小さな印象を受けた。おそらく170cmもなさそうだ。ネクタイをしめ、おろしたてのような白いワイシャツと灰色のスーツを着ていた。袖にはカウスボタンまで付けていた。年齢は39歳。

1997年頃、ロベールさんは大学生で、その学費を稼ぐために、仲間と一緒に森林地帯で、猟用の銃弾を、猟師が捕えた獲物と物々交換をし、その獲物を町で売るという商売をしていた。その森の中で、ADFL軍(コンゴ・ザイール解放民主勢力連合)に出会ってしまい、協力を要請された。断ると銃身で頭部を殴られ、暴行された。そして目隠しをされたまま連行され、森の中で深さ5mほどの大きな穴をいくつも掘らされた。そして、次にバラバラになった死体の山に連れていかれ、その死体を穴に埋める作業を強制された。

一人の兵士に頭の治療を受けている時に、死体はルワンダ人だということを教えられ、秘密を知ったから生きては帰れないだろうということを言われた。友人たちが次々と消えていき、ロベールさんは隙を見て逃げ出した。色々な人に助けられながら、なんとか町まで逃げ切った。家族にはそのことは言わないまま、大学に復帰する。

数年後、大学を卒業し、NGOに就職をする。そこで、ジョセフ・カビラ(後の大統領)氏が謀ろうとしている大統領暗殺計画やさまざま謀略を調査することになったが、それで政府のブラックリストに載ることとなり、数年の逃亡生活の後、本当はカナダを予定していたらしいが、友人の連絡先を失ってしまったために、知り合いを通じて日本にやってくることとなったそうだ。

今は、難民認定のために、日本の支援者も動いている。ロベールさんは、コンゴへの関心を持ってもらって感謝されていた。話を聞きたい人がいれば、何処にでも出かけていくとおしゃっていた。

コンゴやルワンダの紛争の話は、とても複雑で、なかなか理解しにくい。植民地支配のために宗主国が作りだした民族の対立から始まり、今はレアメタルなどの資源の争奪に様々な対立が利用されたりしている。今朝のワイドショーでワールドカップが、アフリカの新しい歴史を始めることになるなどと言っていたが、本当だろうか。

主催:トモニプロジェクト

戸井十月さん講演会

戸井十月さんのお話を聞いてきた。
戸井さんは、とても気さくな方で、気負いもなく楽しそうに話されていた。

戸井さんの本を三冊読んだばかりだったので、
恐らく読まないで聞くよりも数倍楽しかっただろうと思う。
今朝、読み終えたばかりの「カストロ 銅像なき権力者」に書かれている
革命宮殿でのカストロとの会見の場面も、
本には掲載されていない食事の場面や、料理の写真まで見せて頂き、
物凄く得をしたような気分だった。

戸井さんは「洗脳されているかもしれないけれど、洗脳されていたとして、それがどうした。」 というくらいキューバが好きな人なのである。

僕も完全に洗脳されたかも。
でも、それがどうした。
カストロ、そしてキューバの懐の深さに惹かれるのだ。
知れば知るほど、はまってしまう。
権力の座に何十年とつきながらも、まったく腐っていない。
それどころか、カストロ自身、お金を持っていないらしい。
オンボロ車に乗って、国内を移動しているらしい。
その上、彼自身の肖像を飾ることを法律で禁じている。

住宅はほぼ無償に近いかたちで国民に与えられている。
教育と医療は完全無償。大学院まで無料ですすむことができる。
医者は国民168人に対して1人居て、日本の水準を遥か超えているばかりか
何万人もの医師を海外に派遣している。

社会主義なのだけれど、よく思い浮かぶようなそれとは、少し違うような気がする。
余裕がありすぎるのだ、その生き方に。
拝金主義にまみれていない。
モノではなく文化が大切なのだと。
何を大切に生きたらいいのかを知っている。

時には厳しく、時には緩やかに理想を目指す国、キューバ。
何処に向かって歩いているのか?
そのプロセスが大切なのだ、と戸井さんは話していた。

誰か僕をキューバに連れってって~~。

「ビルマVJ 消された革命」

タンシェによる軍事独裁政権のビルマ。
2007年に僧侶たちまでが蜂起した民主化デモを中心に描かれている。
日本のジャーナリストの長井さんが射 殺される場面も写しだされていた。
仏教の国であるのに、坊主に向かって暴行を加え、法衣を剥ぎ取りトラックに放り込む。
挙句の果て、殺害して川に遺体を流 している。
異常な国である。

しかし、隠し持ったハンディカムで写された映像がほとんどなので、
手ぶれがひどく酔ってしまいそうになる。
日本ではビルマのことなどほとんど何も 伝わってこない。
外務省でさえ、本当のビルマのことは知らないだろうと、
上映後のトークショーで宇田有三さんと箱田徹さんが言っていた。
この映画を機に、ビルマのことをもっと知りたいという人が増えればいいなと思った。

トークショーの最後に質問の時間があったので、遠慮がちに最後の方に手を挙げた。
「宇田さんは、十数年間もビルマに通い続け、ビルマ政府にも面が割れているはずなのに、どうして捕まらないのですか?」と聞いてみた。

すると宇田 さんは「ここだけの話にしておいてください。
どうもビルマ政府当局は、私のことを日本の●●機関だと思っているようです。
いや、冗談抜きで。だから私を泳 がしてくれていると。」と答えて下さった。
ほんまかいなと思ったが、捕まっても不思議ではないくらい危ない場面をくぐりぬけているので、案外本当かもしれ ないと思った。

 

「ONE SHOT ONE KILL」

海兵隊ブートキャンプ(新兵訓練所)の様子を取材した映画だ。
僕はアメリカなど信用していないから、この映画も信用しない。
だってカメラが回って いるのだから、本当の姿などが映し出されているはずがない。
上官が新兵たちに
「虐待はしてはならなし。
もし私が君たちを虐待したならば、私の上官に訴えたまえ。」
と言っていたのが、白々しい。

それにしても、あの大声での命令や、
それに答える「イエッサー」の絶叫のような返事が滑稽だ。
声が少しでも小さけれ ば何度でも繰り返される。
軍隊って馬鹿らしい世界だ。
おそらく日本の自衛隊もこんな感じなのだろうと勝手に思った。