
初めは疑っていた、「詩の力」を。「うずみ火新聞」に掲載された受刑者たちの詩を読んでも、心を揺さぶられるほど感じることもなかった。だから、朗読会にはさほど期待はしていなかった。そのうえ「朗読会」などというものには参加したことがなく、想像するに眠たくなってしまうような類のものではないかと思っていた。それでも参加したのは、何故だろうか自分でもわからない。
クーラーのほとんど効いていないカフェで時間通りにそれは始まった。失礼かもしれないが寮美千子さんは敷居の低い人で、友人の集まりの中で話をされているような、肩の力を抜き自然体で話をされる人だった。声や話し方は室井佑月に似ていらっしゃった。とても想像した「朗読会」とはかけ離れたものだった。最初は「奈良少年刑務所」との出会いから始まり、そこで詩を教えるようになったこと、そこで行われている「社会性涵養プログラム」のこと、寮さんが行っている詩の授業の様子などを1時間ほど話された。そして、「奈良少年刑務所詩集」からの朗読が始まった。
実は朗読会が始まる直前に、うずみ火の矢野さんから「これ、いいですよ。」と詩集を見せてもらっていた。ぱらぱらと捲って目にとまったのは、
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「ゆめ」
ぼくのゆめは…
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たった、これだけの詩だった。驚いた。詩に驚いたのではなく、これを「詩」として認めた寮美千子さんという人の凄さに驚いたのだ。この詩のことも話しされた。この受刑者はかなり重い罪を犯し、長い服役になるそうだ。普段から言葉もほとんどない人だったので、この言葉が出てきただけでも、寮さんを初め教官の人たちも涙を流されたという。この「ぼくのゆめは…」の奥にある気持ちを汲み取れるぐらい関わっている人たちの情熱にさらに感動したのだ。この詩を本人が朗読した時、この「…」にあたる部分を語り始めたそうだ。
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「ごめんなさい」
あなたを裏切って 泣かせてしまったのに
あなたは 僕に謝った
アクリル板ごしに ごめんね と
悪いのは このぼくなのに
あの日の 泣き顔が忘れられない
ごめんなさい かあさん
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「クリスマス・プレゼント」
(略)
サンタさん お願い
ふとっちょで怒りん坊の
へんちくりんなママでいいから
ぼくにちょうだい
世界のどっかに きっとそんなママが
余っているでしょう
そのママを ぼくにちょうだい
そしたら ぼく うんと大事にするよ
ママがいたらきっと
笑ったあとに さみしくならないですむと思うんだ
(略)
サンタさん
僕は余った子どもなんだ
どこかに さみしいママがいたら
ぼくがプレゼントになるから 連れていってよ
これからはケンカもしない ウソもつかない
いい子にするからさぁ!
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生まれた時から犯罪者なんていない。その後の生育で、周りがその子を犯罪者に仕立てて行くのだ。突き詰めれば、どんな人に巡り合ってきたかというだけで人生は左右される。そしてその最初に巡り合う人は、母親だ。母親に対する思いが溢れる詩をたくさん朗読された。厳しくされ過ぎても、優しくされ過ぎても、放任されても捨てられても、母に対する深い慕情にも似た気持ちは変わらないのだと感じた。親として、自分はどうであったのかと反省を求められた気がした。
朗読会には、社会性涵養プログラムを中心になって進めている教育専門官の乾井さん、竹下さんも参加されていて、最後にお話をされた。
乾井さん曰く、受刑者たちの原石のような言葉が、その仲間によって発見され、そしてそれが線香花火のように煌めき初め、やがてドラゴン花火のように黙々と煙をあげながら、最後には打ち上げ花火のように炸裂していく瞬間を、目の当たりに見てきた、と。詩を通じて自分のことを語り、そしてそれを周囲が支えることがどんなに素晴らしいことかを実感できたと話された。
また竹下さんは次のように話し始めた。全ての人は「赤ちゃん」であった。赤ちゃんは誰からも教えられていないのに、泣いたり笑ったりすることができる。愛されているのを感じた時に笑い、放っておかれた時に泣く。幼い時に心のご飯をしっかり食べておかないと歪んでいくのだ。犯罪というのは、とんでもない我がまま、とんでもない幼稚さが結露したものだ。幼い時に、子どもらしさを充分に表現できる環境でなかった人たちが犯罪に陥ってしまう。だからもう一度、子どもらしさを取り戻していくことが大切で、そうすることによって、少しだけ大人になっていく。そして、いろいろな力をつけていく。子どもらしさを出せる場所や人がいる人は強い。自分の全てを受けいれてもらえる居場所は誰にも必要なのだ、と。
教育専門官の方たちは、24時間体制で彼らに寄り添っている。宗教的バックボーンはないだろうと想像するだけに、その純粋な使命感にただただ敬服するばかりだ。今まで刑務所など自分とはまったく関係のない場所だと関心もなかったが、この朗読会をきっかけに考えさせらることになり、とても素晴らしい体験をさせて頂いたと思っている。そして「奈良少年刑務所詩集」は受刑者たちの詩ではあるが、彼らのつぶやきを詩として心の底で感じとった寮美千子さんと教育専門官の方たちの作品であると確信する。