大人は、かく戦えり


大竹しのぶ主演「大人は、かく戦えり」という芝居を観てきた。

舞台には、二組の夫婦が登場する。子供の喧嘩の後始末に折り合いをつけようと、大竹しのぶと段田安則が演じる被害者側の家に、加害者側の高橋克実(レッドカーペットの人)と秋山菜津子が訪れているという設定だ。二組とも地位も教養もあるので、冷静かつ友好的な大人な態度で話し合っているが、次第に化けの皮が剥がれていき、罵倒合戦へと展開していく。さらに夫婦ケンカが始まったり、三人で一人を攻めたり、男対女になったりと敵味方の人間関係がシフトしていく。そしてやってられないと四人は酒を飲みだし、ゲロを吐いたりと、さらに泥沼と化していく。

切符を購入したのが遅かったので、一番後ろの25列目になってしまった。役者の顔はあまり見えなかったけれど、観客席はよく見渡せる位置だった。観客の反応はやはり前の席のほうが良く、始まってすぐの頃は前のほうから笑い声がよく聞こえてきていた。しかし、中盤頃には会場全体に「笑い」が浸透していき、僕の後ろに立っていた会場案内係の女性まで大きな声で笑っていた。(ちょっと耳障りだった。)

「笑い」の波に乗せられてしまうと、なんでもないことまで自然に笑ってしまっている自分がいる。凝り固まっていた脳と心をほぐされていく感じだ。とても幸福な時間の過ごし方だった。

ちょっとうれしい

ドシロウトなりに正直に書こう。
つまらなかった。

なぜ観客がそこまで笑うのかわからなかった。昔からのファンが集まった同窓会だったんだろうか。 演者と同じくらいの年齢層の方が多かったように思う。

オムニバスの中に即興芝居を取り入れたものだったらしいとパンフを見てわかった。即興などはファンには面白いだろうが、イチゲンサンにはあまり魅力的なものでもない。役者の個性や劇団のことなどを知っているのと知らないのとでは、面白みが全然違うだろうし、それらを知らなかった僕にとっては、即興のようには思えなかった。おそらくベテラン女優ばかりだったので、どんなシチュエーションでさえやりつくしているだろうかあら、逆に即興的な感じを出すほうに苦心したのではないかと、勝手に思ったりする。

おそらく脚本があったと思われる「母の骨」は、芝居をあまり観たことがない僕にとっても、ステレオタイプな展開で、この劇団があえて演じる意味が伝わらなかった。悪い意味での既視感であったように思う。

「音楽選定委員」は、面白かった。森本さんの微妙な間で笑わせてもらったが、家族が小さな卓袱台を囲んでおでんをつっつく「茶の間」は、あまりにも古典的な笑いで、ため息がもれてしまった。「お父さんの卵があったんだよ」って、なんかサブイボが出てしまった。でも、大半の観客は笑っていた…。

パンフには“世の中を変えていくのは「笑い」と「人の役に立ちたい」という思い”と書いてある。確かにそうであるが、この程度で世の中は変わらんやろうと思った。 一生懸命さは伝わったが、心は何も動かされなかった。単なる「笑い」だけではなく、そこから垣間見るものが何かないと虚しいような気もする。