ふたたび「焼肉ドラゴン」

 

時代設定は万博の頃で、舞台は大阪の下町のコリアンタウン。架空の町だ。共同水道が一本あって、下水道もないという設定らしい。戦後、空き地に不法占拠して建てられたトタン屋根のバラックがずらりと並んでいる。空港の近くにあるらしく、飛行機が離陸するたびに、トタン屋根ががたがた響く。舞台の左側は倉庫のようなバラックがあり、その前に裸の水道が一本立っていて、周りには錆びた一斗缶とアルミの洗濯ばさみで挟まれた洗濯物が干されている。倉庫の向こう側には、廃材やら自転車の車輪やら錆びた鉄材が無造作に積み上げられている。舞台の右側は「焼肉ドラゴン」。古ぼけた大きな看板が店の上に掲げられている。店の中には三人しか座れないカウンターと、四人も囲んだら狭いようなテーブルが一つ。奥は座敷になっていて、卓袱台が二つ。舞台右側には韓国の人形などが並んでいて、その上には汚れた換気扇が絶えず回っている。奥は、磨りガラスの障子があり、そこをあければ小さな箪笥が見える。障子の前には、一年中扇風機が置かれている。店全体は焼肉の煙の所為か、くすんだ色になっている。そして右手の倉庫と焼肉ドラゴンとの間は路地になっていて、段差のあるゆるい昇りの坂道になっている。

もうそれだけで、僕は惹きつけられた。そして、倉庫の屋根の上に登ったその店の一人息子の台詞からこの芝居は始まる。「僕は、この町が嫌いです。」

焼肉ドラゴンの主人は戦争で片腕を失っている。腕だけではなく、済州島で故郷も家族もなくし、日本から帰ることもできずにいたところ、妻に出会い、お互い再婚したという設定だ。そしてこの物語でも、大事なものを失くしてしまうのだ。喪失だらけの人生ではないか。「働いて、働いて・・・」という彼の台詞。家族の為に働き続けてきただけの人生。しかし、その家族も店も・・・。

桜吹雪がトタン屋根に積もるのを見て、「こんな日は明日が信じられる。」と、リヤカーにわずかばかりの荷物と太った妻を積んで坂を登っていく場面で幕は閉じられる。

TVの画面を通して見るだけでも、胸に迫るものがあり、涙が止まらなかった。これを生で見たらいったいどれだけの感動に襲われるのだろうと思う。ああ、生で感じたい。

と、2009年の12月19日の日記に僕は書いていた。これはNHKのBSで観たのだった。

で、先週の日曜、ついにその舞台を観てきたのだ。入場したらもう芝居が始まっていた。僕が遅れたのではない。開演までにはまだ20分以上あったのだ。お客さんが入場するところからもうその世界が始まっていたのだ。舞台では、客がカンテキで肉を焼いて食べている。煙が出ているから、どうも本当に焼いているようだ。ビールも泡がでている。三女の美花とその恋人の長谷川が何やら店の飾り付けをイチャイチャしながらやっている。肉を焼いている横で絶えずアコーディオンとチャンゴが演奏されている。もうそれだけで、これは凄い芝居になるぞという期待感が高まった。そして、「僕はこの町が嫌いです!」と開演した瞬間に、もう観客のほぼ全員の心をつかんだ状態になっていた。

途中、休憩があった。ロビーからアコーディオンとパーカッションの音が聴こえてきた。なんと、今まで舞台にいた二人がロビーで演奏しているのだ。もういたれりつくせりだ。後半の部が始まるときも、そのまま演奏しながら客席を通って舞台に上がっていった。

とにかく、テンポがよく笑いもふんだんにあり、ずっと笑わされていたと思ったら、後半はいつのまにか鼻をすすりながら、涙を流していた。あちらこちらからもすすり泣きや、呻き声が聞こえてきたりした。最後に龍吉とその嫁さんがリヤカーで退場する場面でも、笑いをとりながらも、会場は最高潮に盛り上がり、本当に割れんばかりの拍手となった。そしてぽつりぽつりと観客が立ち上がり始め、やがて全員が立ち上がっての惜しみない拍手となった。それはいつまでも止む気配がなく、カーテンコールは三回も行われた。舞台と客席の一体感を味わうことができた本当に素晴らしい舞台だった。いつかまた観たい芝居だ。 焼肉ドラゴン、サイコー!