いのちをつなぐ~纐纈あやさん~

「祝の島」監督の纐纈あやさんにお会いしてきた。上映会の後の講演会や交流会でたっぷりとお話を聞かせて頂いた。映画は今回で三回観たことになるが、観 るたびに感動があり、とても心地よくなる映画である。昨年、神戸で小出裕章先生と纐纈あやさんとの講演会で、初めて彼女のお話を聴き、その時から是非もう 一度お話を聴きたいと思っていたところ、なんと今回、居酒屋で隣に座ってお話を聞けることになり、夢にも思っていない幸運が訪れた。

今 まで色んな方にお会いしてきて、“ホンマもん”の人ほど腰が低く、威圧感がないということを経験してきたのだけれど、やはり纐纈さんもそんな人だった。と ても明るく気さくでお酒が好きな人だった。そしていっぱい喋りながらも、自分から遠く離れた席に座っている人のグラスが空いていることに気がつく気配りの 細やかな人だった。

祝島には日本一の棚田がある。纐纈さん曰く、祝島の奥のほうにあり、一時間ほどかけて歩いて行くと急に視界が開けて、そこには天空にそびえる城壁のような棚田が見えてくるそうだ。纐纈さんはその棚田が大好きで、棚田だけで一本映画ができるほど撮影をしたそうだ。

そこでは平萬次さんという方が70年間、米作りをしている。その萬次さんの祖父の亀次郎さんが、一生をかけて直径1メートル以上もあるような岩を積み重 ね、数段の巨大な棚田を作ったのだ。亀次郎さんは、孫の世代の頃には農業も機会化されて大きな面積が必要になるだろうと考えて、当時の常識では大きすぎる ような棚田を作ったそうだ。しかし、その次の世代には原野に戻っているだろうとも言っていたようだ。

祝島の人たちは、目には見えない人 たちの話しをよくするという。もう亡くなってしまった人たち、そしてこれから生まれてくるだろう子どもたちの話をする。今ある命は、過去からえんえんと受 け継がれてきたからこそ存在し、そして未来につなぐために命があるということなのだろう。だから、祝島には日本一の棚田があり、そして原発に30年間も反 対し続けているのだ。

それに対して、原発の存在そのものはなんて刹那なものなんだろう。今この瞬間の享楽のために、未来を確実に壊している。

纐纈さんは、「映画は目に見えないものを伝えるためにある」と言った。とても素敵な言葉だ。今は、目に見えないものがどんどん切り捨てられて、数字が要求 される世の中になりつつある。そんな現代に警鐘を鳴らし続けていってほしいし、僕もなんらかの形で応援していきたいと強く思った。纐纈さんから元気をたく さん頂いた。感謝!

観劇戯言『チャンソ』May

 

何気にBSを見ていたら、あるチャンネルに目が止まった。ナイロビのスラムの再開発についてのドキュメンタリーだった。スラムを高級住宅街などにする らしい。その事業の入札は中国とインドが競い合っていて、取材した場所ではインド人が工事を仕切っていた。しかも武器を所持した警察に見守れながらだ。市 長はスラムに住んでいる人たちのことなど眼中にない。掘建て小屋のような家々をブルドーザーで壊し、有刺鉄線で土地を囲い込み、それに抵抗して石を投げる 人々に警察は発砲する。市長は言う。街を欧米諸国や中国のようにしたい。そこに住んでいる人たちは私には関係ない。何処へでも行けばいいと。
す べては自分のために、何一つ他人には与えないというのが支配者の常であるとかつてアダム・スミスは言った。こうして世界は富めるものはさらに富み、貧する ものはさらに貧していく。そして居場所を奪われていくのだ。しかし世界はそう単純ではなく、支配と被支配が幾層にも重ねられ、自分の位置が確認しずらくさ せられている。

かつて大日本帝国もアジア一円を我が物にしようと非人道的な行為を積み重ねてきた。そして戦後もその関係を国家としてではなく人として修復できたとは思えない。奪われた人たちはその傷跡から涙を流し続けている。そんな異郷の人たちが日本にいる。

今日、劇団Mayの「チャンソ」を観てきた。大阪朝高に入学したチャンソがいろいろなものを背負いながら自分の居場所を探す物語である。

「俺らは朝鮮人として生まれたんやない。朝鮮人を背負ったんや。俺らは朝鮮学校に入学したんやない。朝鮮学校を背負ったんや。」と本当は気の弱いチャンソが喧嘩の強い仲間に囲まれ、気負う。

仲間たちは、日本人には容赦なく喧嘩を挑み、こてんぱんにやっつける。しかし、チャンソは虎の威を借りた吠え方なので、年下の日本人にも馬鹿にされる日々 を送る。カン・グンソンは「お前のやり方は気持ち悪いんや。日本人は俺らの後ろの70万人を見よるんや。…あのな人間には向き不向きがあるんや。」と諭し ながらも、仲間はチャンソを排除することはなかった。

カン・グンソンは言う、「自分の負い目を血のせいにするな。もう喧嘩がだけが全てと違う。強さが形を変えるんや。ボクシングやラグビーにな。俺らはチョゴリを無くさんがために暴れとるんや。」

やがてチャンソは「俺は何を恐れて、何に負けてたんやろ。」と自問自答をはじめる。そして片思いの彼女リュ・ソナに気持ちを伝えるのと同時に、かつて喧嘩 に負けたことのある日本人に決闘を挑む。八戸ノ里駅ホーム停車時間120秒の闘いだ。その闘いにリュ・ソナが演奏するカヤグムが織り重なる。

そんな彼らが朝鮮学校を卒業する時に、暴力ばかり振るっていた先生が言う。「卒業してもいつでも覗きにくればいい。俺はこの場所を死守しているから。」 と。チャンソとは主人公の名前であり、「場所」という意味でもあるのだ。物理的な意味合いでの場所は、今現在でも追いやられているのが現実だろう。ネット ウヨの類が現れ始めてから、殺伐としたもの感じる。しかし、この芝居からは心の拠り所である「場所」の居心地良さを羨ましく感じたのも正直な思いである。

『異郷の涙』太陽族

今のハシモトを支持するような人たちは、所謂B層と言えてしまうのではないか。B層という言葉に、差別意識がちらつくのであまり使いたくはないが、彼の手法は普通に考えればとても許せるものではないから、そんな彼を支持する人に対しては大きな疑問符がついてしまう。完全に憲法が無視され、このまま放置すればこの国はとんでもない方向に行ってしまう。所謂A層の連中はその勝ち馬に乗って甘い汁を吸おうとしているだけだ。

彼は知事の頃から文化を壊してきた。今は教育を叩き壊そうとしている。彼は新自由主義としてのグローバルな戦士を育てようとしているだけだ。もう新自由主義など破綻しているというのに。そして低所得層の目を、低め安定の公務員を叩くことに向け、溜飲を下げさせている。その公務員へのプレッシャーは処分をちらつかせながら異常なまでのやり方だ。そしてWTC購入での無駄遣いをうやむやにしたあげく、道頓堀をプールにするだとか、ヘクタールビジョンだとか、御堂筋を芝生にするだとか、わけのわからんことも言っている。選挙で選ばれた民意だとか言っているが、平松さんとの差は6:4であり、その「4」のハシモトに対する拒絶度はかなり高いものだと信じる。

そんな中、日韓演劇フェスティバル参加作品の一つ、太陽族の「異郷の涙」を観てきた。時代は1961年、場所は鶴橋界隈か。舞台は在日が経営する旅館。そこへ登場する異郷の人たちの涙を描いている。旅館の娘幸子はどうも和田アキ子の小学生時代である。「うちはこの町嫌いやねん。みんなうつむいているか、遠くを見て涙してる。うちはチェジュ島なんか知らん。」と幸子は言い、歌手になる夢を語る。「ここじゃない何処かに幸せがあるとは思えない」とも誰かに言わせている。

彼らは切り捨てられながらも、異郷の地でたくましく生きてきた。力道山は在日であることを隠しながら、敗戦後の日本人のヒーローとして活躍した。そして弟子の大木金太郎の中の在日を憎み、いじめぬいたとも。しかしながら大木はそれを愛情として受け止めていたという。

最近は在日韓国朝鮮人問題も、学校教育で取り上げにくくなってきているようだ。教科書に載っていないことは教えてはいけないと言うらしい。自虐史観などと宣う。自分たちがやってきた非人道的な行為は反省してはならないそうだ。そんな教科書が日本のあちこちで採用されようとしている。大阪でも、ハシモトがもうそのお膳立てをしているので、数年後の教科書採択の時には、そんなことになる可能性が高いようだ。

この先、他人の痛みを感じることができなくなる社会にさらに加速がついていくのだろうか。文化人たちは、どうか炭鉱のカナリヤとなって、叫び続けて欲しい。