パーマ屋スミレ

 

 

私など今まで生きてきて、慟哭しなければならないほど悲しみそして苦しんだことなどあっただろうか。思い返せば、どうってことないことばかりで、身に降りか かる理不尽なことで打ちのめされたことがない。いや、敢えてそのようなことには近づかず回避してきたのかもしれない。だから弱々しい人間のままなのだ。

鄭 義信(チョンウィンシン)さんの「パーマ屋スミレ」を映像でやっと観ることができた。前作「焼肉ドラゴン」は舞台で観たが、その時の感動は今も忘れること が出来ない。大いに笑わされ、大いに泣かされてしまった。体の中心部から溢れてくるものを抑えることが出来ずに、震えながら涙が出てくるのだ。観客に媚び ているわけでもないのに、何故あんなにも舞台と客席が一体となれるのか不思議でならなかった。

そして今回の「パーマ屋スミレ」。映像なの でスタートアップはゆっくりめではあるが、どんどん惹き込まれていく。気づいた時には顔面をくしゃくしゃにして泣いていた。登場人物の在日の人たちに、あ まりにも理不尽なことばかりが幾重にも覆いかぶさっていく。そんな中でも人を愛し、懸命に生き抜こうとしていくその逞しさに心を打たれていくのだ。

世の中は理不尽なことが多すぎる。その理不尽なことは、大抵の場合、なんらかの得をしている人たちからの社会のしわ寄せであり、弱者への差別に繋がっている。私自身に理不尽なことが起きていないと感じているのは、それは私が差別する側に立って生きてきたからだろうか。

こ の芝居は60年代の福岡県大牟田市の炭鉱町の在日が住む「アリラン峠」にある理髪店が舞台となっている。「パーマ屋スミレ」はその店の名前ではない。理髪 店をしている主人公の須美がいつか持ちたいパーマ屋さんの名前である。ポマードではなく香水の匂いがする店をしたいと夢見ていたのだ。

なんとその須美さんが今も生きている。アリラン峠に住み続け、今も近所の老人相手に鋏を持っていると狂言回しが言う。自分で作ったマッコリを近所の老人と飲みながら昔を語っているのだろうか。いや、相変わらずの日本を嘆いているのだろうか。

憲法記念日のつどい

「九条の会おおさか」の憲法記念日のつどいに参加してきた。
第2部講演の関西大学法科大学院教授の木下智史さんのお話を自分のメモ替わりとしてここに記録する。

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日本国憲法は、1946年11月3日に公布され、1947年5月3日に施行された。当時の内閣総理大臣の吉田茂は、当初8月11日に公布し、その半年後の紀元節の2月11日に施行するつもりだったが、審議が遅れたために間に合わなくなり、明治節の11月3日に合わせた。

1952 年までの日本は、連合軍の統治下であったので、憲法記念日は国をあげてのお祭りをしていたが、その年にサンフランシスコ講和条約が締結されてからは、一気 に熱が冷めたように政府は何もしなくなった。しかし、日本国憲法は65年間変えられることなく続いてきた。これは国民の力である。

憲法記念日にするべきことは、何故、日本国憲法ができたのかその歴史を考え、そして、その憲法のもとで、日本は今どのような状態であるのかを考えるべきだ。

2000年に憲法調査会が各議院に設置され、そして2011年10月に憲法審査会が設置された現在は、第3次の改憲ブームに突入しようとしている。

第1次は1952年から始まった。サンフランシスコ講和条約発効に伴う独立回復の機運が高まった当時は日本国憲法の支持率がとても低く、「天皇を元首に」「軍隊を持つ」などのついての声があがっていたが、次第に「九条を変えてはいけない」という声が大きくなってきた。

第 2次改憲ブームは90年代の、湾岸戦争がきっかけだった。国際貢献のために自衛隊を海外に派遣できるように9条だけを変えようという動きが大きくなった。 それに合わせて、以前からの改憲派が9条以外も変えようとしたために、改憲派が分裂してしまい、また「九条の会」が全国規模で発足されたために、そのブー ムが終わってしまった。

そしてこれから始まる第3次改憲ブーム。焦点の一つ目は、「緊急事態」。震災復興の遅れを憲法の所為にして、緊急事態という項目を掲げている。果たして復興の遅れは憲法の所為であるのか。

二つ目は「一院制」。ねじれ国会の所為で、普天間問題、TPP、消費税などの重要案件が審議できないとしているが、果たしてそうであるのか。国民の支持を得られていないからではないか。

三 つ目は「首相公選制」。今の日本の首相は短期間で替わってばかりであるが、選挙で選べば、最低4年間しなければならなくなるという発想だ。しかし、任期途 中で人気がなくなってもそのまま首相をやらせていいのだろうか。また、首相と国会の関係はどうなるのか。第1政党に所属していない首相になった場合、それ で国会は運営できるのか。

四つ目は「憲法改正手続きの緩和」。各議院の総議員の3分の2以上の賛成を、2分の1としたり、国民投票もなくそうとしている案さえある。権力を持っている者たちが、簡単に憲法を変えられないようにしている仕組みを破壊しようとしている。

以上のように、改憲のポイントで「9条」をあまり全面的に出さないようにしているのが巧妙的である。改憲案はいろいろあるが、どんな憲法の下で暮らしたいのかを考えて、私たちは選ばなくてはならない。

このような集会に参加するような私たちはマイノリティであるがゆえ、どうして憲法ができたのか、その憲法に照らしあわえて今の日本はどうであるのかを、自分の言葉でたくさんの人たちに伝えて、広めていかなくてなならない。