もっとゆっくり(Not So Fast)

もっとゆっくり(Not So Fast)
ドネラ・メドウズ

世界を危機から救わなければならない、と思っている人たちというのは解決策を売り込もうとみんな忙しく駆け回っていますね。私もそのひとり。環境危機、飽くことを知らない権力欲と物欲、倫理的荒廃、麻薬の蔓延、犯罪の増加、人種差別など、あげればきりのない危機と疾病の数々。それらに対して、炭素税、選挙制度改正(改悪?)、教育改革、税制改革、絶滅危惧種保護法。規制の強化、いや緩和。これまた長い、長い処方箋の数々。各自が担いだ錦の御旗で、私たちは互いの頭をボカボカとたたき合っているというわけ

でも、世界危機を救う方法として、ひとつ、我ら熱狂的な運動家や活動家がいまだに提案したことのなかったものがあるんです。

それは、スローイング・ダウン、つまり減速すること。

私が熱中している「世界を救え」運動は、環境運動。つまり、母なる地球に生きるものとしての、限度をわきまえた持続可能な生き方を求める闘い。他の運動はともかく、少なくともこの私たちの運動に関して言うなら、まさにスローイング・ダウンこそが問題解決のために最も有効な解決策だと言えそうです。

いつも私たちは急いでいる。いや、急いでいると、思い込んでいる。でも今、その思い込みを取り払ってみるとどうなるでしょう。すると、自動車で行くかわりに歩いて行けるかもしれないし、飛行機で行くかわりに帆船で行けるかもしれない。別に急いでいないならば、もっと時間をたっぷりかけて、自分の出したゴミを自分でかたづけることもできるでしょう。ブルドーザーで地形を永遠に変えてしまう前に、コミュニティの住民たちがじっくりと納得いくまで話し合うこともできるはず。残り少なくなった魚を、さらなる分捕り合戦で絶滅に追い込む前に、一体世界の海がどれだけの魚を再生産できるのかを学ぶことも出来るでしょう。

想像してみましょう。ゆっくりと歩く。すると道端の花の香りを嗅ぐことができる。生活のペースを落とす。すると、今まで忘れていた自分の体をまた感じ始めるでしょう。子どもと遊ぶこともできる。手帳にビッシリ書き込まれた予定表のことを考えずに、愛する人との時間を楽しむこともできる。ファースト・フードを大急ぎで呑み込むかわりに、スロー・フード、つまり自分たちで育てたり、料理したり、盛りつけした食物を心ゆくまで楽しむこともできる。毎日、静けさの中にじっと坐って時を過ごす自分を想像してみて。

もし、私たちがこんなゆったりとした生き方をしていたのなら、「世界を危機から救え」と私たちが言う、その「危機」なんてそもそも起こらずにすんでいたんじゃないかしら。
だって、ゆっくりやるということは、旧来の道具をフルに使いこなしながら、最新の技術に注ぎ込まれる大量のエネルギーや材料を消費せずにすませることを意味するはずでしょ。そして時間節約のためのさまざまな新製品を買わずにすませるということ。(それにしても、買い揃えたハイテク機器が節約しておいてくれたはずの時間は、みんなどこへ行ってしまったの?)物事をもっとスローに進めれば、私たちがこれまでのようにたくさんの失敗を重ねることもなくなるでしょう。相手の言うことにもっと耳を傾けるようになり、互いに傷つけ合うことも少なくなるでしょう。さらに、何かの問題の解決策として「これ以外ありえない」と思えるような時でさえ、もっと時間をかけてそれを吟味し、現実にどんな効果や副作用があるかを試験してみる心のゆとりができるかも知れない。

「活動家の狂おしいまでの情熱が、平和のための彼のせっかくの貢献を帳消しにしてしまう」とは宗教家で詩人のトーマス・マンのことば。確かに熱狂は変革者の心に性急さ、過労、不寛容、あせり、いらだちを生み、内面的な平和をかき乱す一種の暴力ともなりますよね。内面の平和を知らない人に果たして、人の世の平和がイメージできるものかしら

インドの友人が私に言うんです。西洋からの商業広告の大波がインドの文化に大打撃を与えてきたが、それは広告の内容のせいというより、そのペースのせいだ。特に高速スピードで感覚を激しく刺激し続けるテレビのコマーシャルは、インド文化に何千年と続いた瞑想という伝統を真っ向から否定するものだって。分かる気がします。私自身、インドでは物事のペースがあまりにものろいのでずいぶんイライラさせられたから。

「全くこの人たちったら、『時は金なり』っていうことさえ知らないの?」なんてね。
今思えば、『時は金なり』を知らなかった彼らが知っていたのは、『時は命なり』ということ。そして、大急ぎで生きることは命の無駄遣いなり、ということ。

スロー…、ダ・ウ・ン。とにかく、そこから始めよう。しかる後、静かに、慎重に、次の一歩を考える…。

これが世界を危機から救う第一歩。とは言ったたものの、そういう私が実はその一歩をなかなか歩み出せないでいるんだから困ります。頭ではわかっているつもりでも、すぐに世の中のペースに巻き込まれてなかなかスローイング・ダウンできないでいるんだから。私の知り合いの運動家や活動家のほとんどがそうであるように、私もまた、健康的な食生活を送ったり、静かにくつろいだり、休暇をとったりするにはあまりに忙しすぎる。あまりに忙しくて考えることすらできない火もるほどです。

そんな私のような環境活動家への皮肉を込めてでしょう、エドワード・アビー(米国の作家、環境思想家 1927~89)がこう言ったことがあります。
「大地を守るために闘うだけでは十分と言えない。それよりもっと大事なことがある。それは大地を楽しむこと」
いい忠告でしょ。でも残念、今は忙しくてそれどころじゃない。「私には救わなきゃいけない世界があるんだから」、なんてね。

(『スロー・イズ・ビューティフル』辻信一より)