知覧・特攻平和会館

先日、鹿児島へ行く機会があったので、少し足を伸ばして知覧へ行き、特攻平和会館を訪れた。鹿児島中央駅初の古びた路線バスに乗り、クッションの悪い軍用車両につめ込まれ知覧に向かった青年たちを想像しながら現地に向かった。

時間はあまりなかったので、ざっと一回りしてきただけだが、それでも小一時間ほどかかった。じっくり見学すれば半日以上かかりそうなほど展示資料が多い。

今まで特攻隊員の遺書などを、ネットや書物で読んだことはあったが、その時に一番に起こる感情は「悲しみ」であった。しかし、平和会館で、初めて実物を見た時に沸き起こってきたものは「腹立たしさ」と「気持ちの悪さ」であった。

それは、特攻隊員の筆で書かれた遺書のほとんどが、まるで様々な書体のお手本のように美しく、そして、格調の高い文章表現だったからだ。現代のどの世代にもそれほどの教養が備わっている人物を容易に探しだすことは出来ないだろう。そんな傑出した若者たちが、知覧だけで1036人、全体では14000人ほどが、命を落としている。もし彼らが死なずに生きていたなら、その後の日本はどんな歴史を刻んでいただろう。その口惜しさに、腹立たしい思いがしたのだ。

そして、気持ちの悪さは、天皇を奉るような文言の筆書きがあちらこちらに大きく展示されていたのと、迷彩服の自衛隊の見学者が多かったことによる。貧血で吐きそうになった。教養の高かった彼らは本当に心から洗脳されていたのだろうか。仕方なくそんな言葉を書いたのだろうか。それともアイロニーなのか。自衛隊の人たちは、そんな彼らのことをどう思って見学していたんだろうか。国家にだまされただけじゃないかとは、思わないのだろうか。