「インターステラ―」を観てきた。

予告編もレビューも一切見ずに、先入観なしで観てきた。
あらすじも分からないので、どんな映画かと思っていたら
これは、「2001年宇宙の旅」と並ぶSF映画の記念碑的な作品ではないかと思うくらい心を震わせながら見入ってしまう映画だった。

舞台は食糧危機に陥ってしまった近未来で、そのためにかどうかはわからないが、莫大な予算が必要な軍隊やNASAなどは解体されてしまっているという前提の部分は、「そんなアホな、食糧危機やったら世界紛争がもっと多発して軍隊がなくなるわけないやん」と思い、さすが脳天気なアメリカハリウッド映画だなと、しらけていたのだけれど、話が少しずつ展開していくうち、そして舞台が宇宙に変わってしまうと、もうスクリーンに釘付けになってしまい、そんなことはどうでもよくなった。

映像も圧巻だ。
ワームホールにブラックホール、そして5次元の世界。
特にワームホールは美しすぎる!
そして畳み込むように時間と空間を超えて交わす父と娘の愛情。
ボロボロになってしまって鼻をすすっている僕を
まったく映画についてこれていない嫁さんは、宇宙人でも見るように僕を見ていた。

久々に重厚なSFを観て、とても幸せな気分だ。
さすがクリストファー・ノーラン監督!

 

「圧殺の海」を観てきた。

ヤマトではほとんど報道されることのない辺野古で行われている政府による新基地作りの実相が映しだされている。昔も今も変わらない沖縄への差別の実態。

基地のゲート前で沖縄の民衆を抑えこむために働かされている若い警察官たち。彼らはどっから見ても沖縄人だ。オバア(島袋文子さん)が話かけても返事はしないが、心が揺れ動いているのが分かる。

でも海上保安庁の奴らは人相が悪い。特にあのヒゲをはやしたやつ。カヌー隊の人たちにあれだけ容赦無いことを出来るのだから彼らは沖縄出身ではないのだろう。

何度も涙が出そうになった。こんな茶番をさせている政府に本当に腹が立つ。金儲けのための戦争、そのための準備をしているだけに過ぎないくせに。

映画に出てきた仲井真は目も表情も死んでいて蝋人形が動いてるようで気持ちが悪かった。そう、だから警官も機動隊も沖縄防衛局の連中も海保もみんな表情が死んでいる。悪魔に心を売ればあんなふうに見えるんだ。仕事は選ばなくっちゃいけない。

それに対して、山城さんを中心とする反対派のみんなのイキイキとした表情。彼らは誰かに命令されたのではなく、自分たちの意志で行動しているからだ。僕もそう生きるぞ。ほんま。

 

永続敗戦論

なんかすごい本やった。
野村 浩也さんの「無意識の植民地主義」を読んだ時と同じくらいの衝撃を受けた。
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その定義上絶対的に変化を拒むものである国体に手を付けることなど、到底不可能に思われるかもしれない。しかしながら、それは真に永久不変のものなどではない。というのも、すでに見たように、「永遠に変えられないもの」の歴史的起源は明らかにされているからである。それはとどのつまり、伊藤博文らによる発明品(無論それは高度に精緻な機械である)であるにすぎない。三・一一以降のわれわれが、「各人が自らの命をかけて護るべきもの」を真に見出し、それを合理的な思考によって裏付けられた確信へと高めることをやり遂げるならば、あの怪物的機械は止まる。なぜならそれは、われわれの知的および倫理的な怠惰を燃料としているのだから。(P185より抜粋)