あきらめない、世界を

 

「言葉の対極に暴力」という劇中のフレーズを噛み締めながら、振り返ってみる。

脚本・構成・演出の岩崎正裕さんが「ため息しか出ない現代社会を炙りだすために、私たちは『笑い』をその方法とした。」「しかし、その背景は深刻で重い。その重さは、日々を生きる私たちの肩にのしかかる。けれども舞台を生きる俳優たちが、軽やかにその重石を跳ね除けてくれるのではないか」とパンフに書かれていた。

「空爆のニュース日本に流れてむせびなくなり沖縄の老母」という短歌をかわきりに、放送禁止用語や放送禁止歌のレクチャーが始まる。戦前戦時中の治安維持法下での、検閲された舞台の再現や、戦後のまるでレコード会社の忖度で発売禁止になった、例えば「イムジン河」のことなどを、歌も交えながら、軽やかに展開されていった。共謀罪のコントもあったが、最初は笑えていたけれど、ただのコントで終わらず、心を揺さぶられる。

 特に、最後の短編戯曲「あまりに多くの人がベンチに」には、鳥肌がたつほど素晴らしかった。高校生男女の二人芝居だ。男子は、野球部の補欠ピッチャーだったが、マウンドにあがることなく負けてしまった試合を嘆く。ベンチに座ったまま、なにも出来なかったもどかしさを。それを受けて外国人のサラは、自分の体験を語る。自分が住んでいた村にゲリラがあらわれ川へと逃げたが、好きだったおじさんが少年兵に銃で頭を撃ちぬかれた。その時、川の中にいた自分は何もできなかった、と。他の俳優たちの声も、重層的に、まるでオーケストラのように迫ってくる。息苦しくなるほど、胸に響いてきた。

俳優のなかに現役の高校生だろうか、普段来ている制服のままのような人たちが3人いた。彼らが最後に「あきらめない、世界を」と宣言して幕が閉じられたのは、とても印象的だった。

そして何よりも存在感があったのは、河東けいさんだ。91歳。2年前は杖をついて出演されていたのに、今年は杖なしで出られていた。河東さんの声は、心の奥まで染み込んでくる。

いい芝居を観たあとは、誰かと語りたくなるというか
人恋しくなる。
なので、帰りに立ち飲みに寄った。
でも、やっぱり喋る相手はいないので、さっさと地酒を2杯飲んで帰ろうと思ったら
偶然にも、同じマンションに住む人と一緒になった。
芝居とは全然関係ない話をしたけれど、いい気分で帰ることができた(笑)