末期がんの“看取(みと)り医師” 死までの450日

住職であり医師でもある田中さんは、1000人以上の方の
最期を看取ってきた方で、DNR(蘇生措置拒否)を望む患者には、その意思を尊重されてきた。その田中さんが膵臓がんのステージ4であることが発覚し、亡くなられるまでの450日間を取材したドキュメンタリーだった。

田中さんもやはりDNRであり、最期は痛みを和らげる薬と睡眠薬で眠りながら死ぬことを望んでいた。医師でもある妻はそれを重々承知していた。

田中さんは、意識が混濁し始める。うわ言のように妻の名前を呼び続け「お願いします、お願いします」と懇願する。それはおそらく、痛み止めと睡眠薬を打って欲しいからだろう。妻は、躊躇する。それを投薬するということは、もう会話もできないままお別れになってしまうからだ。娘も「もういいんじゃない」と言っても、それでも投薬しなかった。

田中さんは意識が混濁し、体がふらつきながらも、妻の名前を呼び、そして抱きついて離れない。人までは手さえも繋ごうとはしなかった人が。しかし、やがて、田中さんは痛みを堪えきれず暴れるようになって初めて、妻は投薬した。

それでもだ。妻は諦めきれず、何時間に一度は、投薬をやめて田中さんを起こす。そして田中さんの好物だったアイスクリームを食べさてたり、ベッドにベルトで固定させながら立たせたりする。

そして、ある朝、撮影クルーに「今朝逝きました」とメールが入る。やすらなか寝顔だった。妻は、田中さんの胸をはだいて、延命措置の注射針の痕を見せてくれる。もう田中さんのDNRなど構ってはいられなかったようだ。なぜもっと早く発見することが出来なかったのかと悔やむ。葬儀が終わり、火葬場に向かう時、妻はとても行けないと言って泣き崩れる。

ありのままの姿を見せて頂いた。涙が止まらなかった。

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/92935/2935010/index.html

田中さんは末期がんの方の傾聴もずっとされてきた。
話をひたすら聴くそうだ。
それによって、その方の物語が完成すると仰っていた。

田中さん自身はNHKの取材者に、「これは私へのケアです」
と言って、取材されていることを感謝されていた。
だから、旅立った後のお顔は、穏やかだったのだろうか。

身近な人の物語、完成させたいなぁ、いつか。