駱駝の骨壷

 

駱駝と名付けられた子供は、果たしてこの世に生を受けたのだったろうか。
羊水のなかで漂う子供だったのだろうか?
時折、大人たちが吐いた言葉を、リフレインする。
あれは羊水のなかで木霊する「ことば」だったのか。

生活力のない夫婦。
家賃も滞納しているのに、男はネットで骨壷を買う。
骨壷に入れる骨なんかないよと、駱駝は言っているのだけれど。

女の母親が鍋を持って登場する。
アル中だ。
料理酒を美味そうに飲み干す。
男はビールも提供する。
カラオケも始まる。男女と母親三人で歌う。
なんか気だるい。やがてノイズに変わる。

いつのまにか物語は、女の母親にシフトしていた。
だらしない男の子供を孕んだ母親として。
舞台の真ん中に幾何学的に組まれたパイプのなかの
四畳半ほどの窪地で演じられる舞台。

いつのまにか、その周囲に飲み干された様々な高さの真っ黒い缶ビールが並べられていく風景は、まるで高層ビルが立ち並ぶ街を俯瞰しているようだ。

最後はその窪地が海辺となったようだ。
妊娠している母親が海岸に腰をおろしている。
海岸で一人遊ぶ、どこかよその子。
「うちの子になるか?」って。

結局、駱駝ってなんなんだったんだろう。
生まれてもいないじゃないか。