イラクで私は泣いて笑う

イラクで私は泣いて笑う―NGOとして、ひとりの人間として (JVCブックレット)
イラクで私は泣いて笑う―NGOとして、ひとりの人間として (JVCブックレット)
酒井 啓子

毎日新聞の大阪版に毎週土曜日「棗椰子はつなぐ~大阪から見えるイラク~」が連載されている。アジアプレス所属の玉本英子さんが書いている記事だ。それが、今日(09.09.26)で終了した。最後の記事は、イラクのジャワヘリ小学校と東大阪の小学校がビデオメッセージをやりとりする様子を伝えている。お好み焼きを家で作っている様子、そしてお母さんがジョッキでビールを飲み干すシーンが流れると、スタンディングオベーションが巻き起こり、中には笑いすぎて涙を流すイラクの子もいたそうだ。それを見て、玉本さんは泣いてしまったという。

9月12日に玉本さんのイラク報告会を聞きにいき、それを機に、彼女がインタビューされている「イラクで私は泣いて笑う」をアマゾンで購入していた。それを先ほど読み終えた。裏表紙を見ると、今日新聞に掲載された記事の一部がそのまま載っていたので、少し驚いた。

この本には、日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)事務局長の佐藤真紀さん、日本国際ボランティアセンター(JVC)イラク支援ヨルダン駐在員の原文次郎さん、そして玉本英子さん、三人の方が東京外語大の酒井啓子さんにインタビューされたものが掲載されている。ここでは、玉本さんのインタビューに絞って書いておく。

玉本さんって、かなりの一匹狼である。元々はデザイン事務所に勤めていたが、94年にクルド人が自分の体にガソリンで火を付けてドイツの機動隊につっこむ映像をTVで見て、会社を辞め、その人にアムステルダムにまで会いにいったそうだ。そこからクルド人について知りたい欲求の赴くまま、彼の故郷であるトルコに渡り、次第に自分が知った事実を伝えなければという思いに駆られていったそうだ。

だから彼女はジャーナリズムについて何も学んだことはなく、全て独学で学びながらジャーナリストになっていったそうだ。また彼女の取材は通訳を付けないそうだ。通訳を付けると、逆に伝わらないものがあったり、また通訳自身の生命を危機に晒したくないからだそうだ。

何よりも彼女の一匹狼ぶりを感じたのは、イラクのアルビルとハラプチャで「原爆展」を行ったことだ。クルド人がフセインに毒ガスで殺された町「ハラプチャ」、地元の人たちはこの町を「イラクのヒロシマ・ナガサキ」と呼んでいて、原爆に関心が高く、伝えて欲しいという要請があったそうだ。そして彼女は、日本から資料などを取り寄せ、現地の人に翻訳をしてもらい、費用は全て自費で行ったという。この原爆展はイラク全土や中東などへニュースとして流れたが、日本には持ち込んでも取り上げてもらえなかったそうだ。

玉本さんは、イラク戦争を支持した側の加害者の国の一人として、現地の声を取材を続けていきたいと語っている。僕たちはこのようなジャーナリストたちを大切にして、応援していきたいと思う。腐ったマスコミを少しでもましな方向にさせていくのも政治と同じで、一般の人たちの声ではないかと思う。

「棗椰子はつなぐ アーカイブ」
http://mainichi.jp/area/osaka/natsumeyashi/archive/