映画「BASURA」&四ノ宮監督トークショー(私的memo)

「大人たちは全て死ねばいい。そうすればこの国はよくなる。」
と島木譲二似の運転手が語るシーンからフィルムが回り始める。

広大な敷地のゴミ捨て場。そこに舞うビニールのゴミたち。やがて空高く舞い上がり、タイトル「BASURA」の文字が映し出される。「BASURA」とは「ゴミ」と言う意味のタガログ語だ。

四ノ宮監督は20年前と何も変っていないと、マニラを取材しながらつぶやく。町にはストリートチルドレンが溢れている。メリージェーンと言う11歳の女の子は、売春をしながら小遣いを稼いでいる。その目はもう子供ではなく、何処か虚無感が漂う表情だ。「私のお客。」と中年男性の腕を取りながらシナを作る姿は生々しくもあり痛々しくもあり。

マニラ市内には900万人が住んでいるが、60パーセントは正規の仕事についていないそうだ。20年前よりも、ホームレスの家族も確実に増えている。繁華街の路上でダンボールを敷き、家族が寝ている姿が映し出されている。彼らは町のゴミを拾って、1日300円から700円の収入を稼いで生活しているのだ。

スモーキーマウンテンの住宅はここ数年で様変わりしたそうだ。国が団地を建設して、そこに無償で提供したらしい。四ノ宮監督の映画が世界各国で上映され、スモーキータウンが世界に知れ渡った所為で国が動いたかもしれないと、監督がトークショーで語っていた。その住宅のお陰で、新生児の死亡率は極端に下がったらしい。

しかし、そこに住む人たちの仕事と言えば、やはり九割の人がゴミ拾いをしていて、何も変ってはいない。昔は裕福層(しかも大阪市ぐらいの広さの土地を持っているような極端な裕福層)が一割で、九割がゴミ拾いなどをしている貧困層だったそうだが、今は、裕福層の一割はそのままで、公務員などの中間層が二割、そして貧困層が七割というのが、フィリピンの現状らしい。国そのものを根本的に変えていかなければ、この現状は変っていかないだろうと監督は語っていた。

監督がスモーキータウンの子供たちをテーマにしようとしたきっかけは、地獄のような場所に住みながらも、澄んだ瞳を持ち、家族を思いやる優しさを持っていることに心を打たれたからだ。毎日ゴミ拾いをして得たわずかな収入をほとんど親に渡している。そして教会で祈っていることは、「私はゴミ拾いをずっとしてもいいですから、弟や妹を学校に行かせてください。」「私の命が短くなってもいいから、お父さんの病気を治してください。」と、自分を犠牲にしてまでも家族を思うその心に監督はショックを受けたそうだ。そのことがそれまで物質的な豊かさしか求めてこなかった人生のターニングポイントになったとおっしゃっていた。

そして監督自身が、スモーキータウンをテーマに撮り続けることができた源は、ノーラ夫人だそうだ。奥さんがフィリピン人でなかったら、逃げ出していたと思うとおしゃっていた。スモーキーマウンテンでの撮影は劣悪な環境の中でかなり過酷であったらしい。やはり健康まで損なわれてしまい、限界を感じたそうだ。そしてその瞬間に、生きることでの大切なことが見えてきたと強く語っておられた。そしてゴミ捨て場に育てられ、フィリピンに育てられ、フィリピンに感謝しているともおっしゃった。

この「スカベンジャー」「神の子」「BASURA」三部作は、若い人たちに是非観てもらいたいということで、高校生以下は無料だ。そして観るだけで終らずに、次に何か行動を起こして欲しいとおしゃっていた。すでに、この映画に出演していた人のところへ、物資を送る運動とか、現地でのスタディツアーが始まっているらしい。ツアー以外でも、日本の若い人たちが、スモーキータウンをよく訪れているそうだ。

次回作は、第二次世界大戦の時にフィリピンで餓死した日本兵の人たちをテーマにした映画だそうだ。体が悪いので、この映画が最後になるかもしれないと、少し弱気な発言をされていたのが気になった。

「フィリピンに知的好奇心をむけ、フィリピンを体験するということは、同時に日本と日本人を見つめ直すということに繋がる。私たちがフィリピン・フィリピン人に関わるということは、フィリピン・フィリピン人をサポートするということではなく、フィリピンを通して世界から私たちが支えられたり励まされたりするということだ。」とトークショーに同席した阪大のフィリピン研究家の津田教授が最後に締めくくっておられた。

現代フィリピンを知るための61章【第2版】 (エリア・スタディーズ 11)
大野 拓司,寺田 勇文