息もできない


「人を殴る奴は自分が殴られるとは思わない」と冒頭のシーンで主人公のチンピラがつぶやく場面がある。まったくそうだ。思ってもいないから、殴られたら気が狂ったように相手をぶちのめしに行ったりするのだろう。

これはチンピラと女子高校生の話である。
チンピラが子どもの時、父親が母親に対する暴力を妹が間に入り止めようとして、妹が父親に刺し殺されてしまう。病院に駆け込もうとした母親も、その途中で交通事故に遭い、死んでしまう。父親は15年の服役の後、今はチンピラと一緒に暮らしている。そして毎日、息子に殴る蹴るの暴力を受けている。父親はただ泣きながらごめんなさいごめんなさいと謝るだけである。

女子高校生の父親はベトナム戦争の功労金で生活をしているが、頭がおかしくなってしまっている。数年前に死んでしまった母親のことも理解出来ていない。食事のたびに母親への愚痴を聞かされ、やがて暴れだす。その母親は屋台を営業している時に、チンピラの集団に襲われて、その時に殺されたのだった。兄もまともな仕事をしようともせず、妹にお金をたかる毎日。女子高校生は家では飯炊き女のようにこき使われていたのだ。

そんな二人が出会ってしまう物語だ。暴力と唾を吐く場面が非常に多く不愉快な気分にもなる。まさに息苦しくなってくるような映画だ。しかし愛を語り合うわけでもない二人の純愛的な部分に惹かれていくのである。暴力といえばセックスもペアで付いてきそうなもんだが、キスの場面さえなく、「好きだ」の一言さえない。

やっと大切にするべき人が見つかり、生活を変えようと思った時に、彼自身が振るってきた暴力のお返しが彼を襲う。彼も「人を殴る奴は自分が殴られるとは思わな」かったのだ。彼女のために新しい人生を送ろうと「思った」だけで、彼女に伝えていたわけでもない。勝手に彼ひとりが思っただけのことだった。でも伝えることさえ出来ずに、皮肉にも彼女の兄に殺されてしまうのである。彼女の兄はやがてその世界で頭角を現すであろうことを匂わせる場面でこの映画は終わっている。

暴力の連鎖は受け継がれていく。それを断ち切ろうとしたほんの一瞬の輝きが、救いであったような気がする。