「証言 それぞれの記憶」

下記の文章は満州開拓団に行った方の手記の抜粋です。
戦前戦中の国策に翻弄された揚げ句、壮絶な人生を送られた方は、いった何万人、何十万人いたことでしょう。
現政権の政治家はそんな時代に郷愁をいだき、「日本をとりもどす」なんてことを言っているのです。

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とうもろこしの畑から引っぱり出されてな、現地の若者たち数人に。持っとるこん棒で思いっきり暴力振るわれて。結局団長も男だから引っぱり出されて暴力ふるわれたわけだ。それで虫の息になちゃった。もう年寄りだから体力がないし。「もう俺はダメだ。苦しい、早く楽にしてくれ。もうダメだ、ダメだ」って言い出して、それで幹部の奥さんたちが話し合って、仕方ない、結局団長の息の根をとめてやるっていうことで話がまとまって。首を絞めて。「団長さん、さよなら」っちゅうわけで。

(中略)

続けておばさんたちが我が子の首を絞めだしたんです。このまま逃げたってどこまで逃げられるか分からんで、満人におもちゃにされてその揚げ句に殺されるよりはもう死んでしまおうと。潔く逝きましょうという気持ちがみんな働いて。「久保田さん、何やってんの。早く手伝ってくれないとまた暴力ふるわれるし、夜が明けちゃうから」ってお叱りを受けて…。一生懸命、子どもを殺すお手伝いをしたわけよね。

みんなお互いに子どもの首を絞めるんだが、小さい子どもは間もなく息が止まっちゃうけど、大きくなるにしたがって抵抗しちゃうわけよね。「日本が負け、お父さんたちのところへ行くんだよ」「はい」って手を合わせても、苦しいから自然に抵抗しちゃうわけよな。この繰り返し。それじゃ、子どもが苦しんで可哀想だちゅうわけで、紐を結んじゃって、その間にとうもろこしの茎を二本はさんでそれをねじっていくと息ができんから、うなだれて死んでいっちゃうんだけどな。

(後略)

「証言 それぞれの記憶」
女たちの集団自決 久保田諌さん
〜満蒙開拓平和記念館〜